【ネタバレを含みます。まだご覧になっていない方は読まないでください。】
みなさんは、アメリカで大ヒットしたスーパーヒーロー映画『ブラックパンサー』をご覧になりましたか?
映画史上初、数々の有名アメコミヒーローをクロスオーバーさせた実験大作映画シリーズ・アヴェンジャーズ。それに登場する重要人物の一人でもあるニュー
ヒーローの誕生秘話を描いたのが『ブラックパンサー』。登場キャストは黒人系やアフリカ系出身俳優が中心に固められ、アメリカ全土でとっても大盛り上がり大ヒットしました。
この映画とてもカッコよくてわたしも大好き。
しかし、『ブラックパンサー』がアメリカで大ヒットし話題をさらったのには、アヴェンジャーズの新たなヒーローとしてだけではない別の理由があったのです。この記事では、その背景にあるアメリカの社会問題と、そこから見えてくるある視点をこの映画を通じ少し掘り下げて紹介しようと思います。
ハリウッド映画界の常識を覆した?!歴史的映画!!
昔から白人俳優・監督・制作関係者が中心だったハリウッド業界。そこでは長年、白人を出さないとヒットしない、主人公は白人に、という考え方が強く信じられてきました。そのため、アジアや中東、アフリカ等明らかに有色人種の多いエリアが原作の作品においても、敢えて白人俳優が主演として迎えられてきた過去がありました。
ホワイトウォッシュ(whitewash)と呼ばれるこの傾向は、たくさんのアニメ作品や漫画作品を輩出してきた日本でも、ハリウッド映画化に伴って作品がキャラクターの人種問わず白人主要キャストで演じられるたび話題になっていたと思います。
興行に結びつかない有色人種を中心とした映画、ましてやスーパーヒーロー映画なんて、どうせ受ける筈が無いとなかなか実現しなかったのです。
それを良い意味で裏切ってくれたのがこの作品。出演陣の大部分が黒人・アフリカ系を占める『ブラックパンサー』は全米歴代3位、全世界でも9位の興行収入を残した大ヒット作になったのでした。
アフリカのプライド炸裂!!
この映画の見どころといえば、アフリカにルーツを持つ役者たちのカッコよさ、アフリカンインスパイアされたデザインのコスチュームやセット等のアート、音楽、そして力強い戦い方。アフリカのプライドがこれでもか!というくらい、クールにパワフルに映画の端々に炸裂しています。
それは今まで固定概念的に描写されがちだったアフリカにルーツを持つ者にとって、すごく嬉しく誇らしかったのは言うまでもありません。
そして「先進国の最新テクノロジーですら到達出来ないぐらい100年先をいく超絶最新テクノロジーを持っているすごい国がアフリカに隠れあった」ということも、そしてそれがアヴェンジャーズを助けるためのキー的大リソースになっている、という設定も大きなポイントだったようです。
その背景にあるのは人種差別の歴史。アフリカ系アメリカ人は、アメリカ社会でいうマイノリティ(少数派・勢力的に弱者)、マジョリティである白人社会から抑圧されてきました。そして自分たちの文化・ルーツを奪われてきた過去があります。
*ルーツをアフリカとしていない黒人系の方々もいるため、敢えてここではアフリカ系アメリカ人とさせていただきます。
アフリカ系アメリカ人大統領が誕生した今のアメリカ社会においても、過去の人種差別政策からの名残で未だに貧富の差は白人と黒人の間で大きな格差として存在しており、とても平等とは言えない世の中です。そんな世の中であるから、ハリウッドではステレオタイプ的にネガティブなイメージでアフリカ系アメリカ人を描写することが多かったのです(例えば、ヒーローは白人、悪役に黒人など。このようなステレオタイプはアジア系にも通じるものがありますね。)
そんな今までのネガティブなステレオタイプが覆され、思う存分自分と同じ人種同じルーツの者たちがカッコよく描かれている。それが『ブラックパンサー』という作品だったのでした。
同じルーツを持つ2人が辿った異なる人生
上記ですでに社会的に話題をさらったのは理解できるでしょう。しかしこの作品の見せ場はそれだけではありません。それは主人公ブラックパンサーの敵として現れるキルモンガーの存在。わたしはこの作品が社会的メッセージを含んでいるというのは、彼らの対比描写がとてもはっきりと描かれているからだと思います。
主人公の敵役キルモンガーは、元は主人公ブラックパンサーと同じルーツを持つ者。
そんな彼が子供の頃に父を亡くし、アメリカでマイノリティとして生きていくところから話はスタートします。アメリカで暮らし見てきた同じ人種の人たちの辛さや苦しみを嫌という程経験し、それが憎しみと共に大きな動機となって、社会を変えるための力を得ようと手段を選ばず目論むようになります。
一方の主人公は、マジョリティとして(一国の王子として)、自分の姿、自分の文化、自分の国に誇りを持って生きていきます。国を守るという重い任務が課せられるものの、彼には大きな社会的コミュニティや精神的サポートが存在し、その愛が力となっています。
この二人の対比、実はアメリカにおけるアフリカ系アメリカ人の歴史を大きく象徴しているものなのです。
⒈ ブラックパワーの歴史
1960年代、人種差別による搾取が続くアメリカで、アフリカ系アメリカ人の活動家達が立ち上がりました。彼らは、自分自身の存在に、自分たちのルーツに大きな誇りを持てと、白人社会に抑圧されていた多くのアフリカ系アメリカ人達を力強く励ましました。(実はこの時勢に『ブラックパンサー』がコミックに初登場しました。)
この活動が次第に、暴力も臆しない過激なグループと、キング牧師のように非暴力で差別に立ち向かうグループへと別れていくのです。この対比はまさに、アヴェンジャーズに協力的で暴力を好まない王子ブラックパンサーと、敵を憎み暴力を厭わない敵役キルモンガーに現れています。
⒉ マジョリティとして生きてこられた者とマイノリティとして生きざるを得なかった者の境遇の差
もう一つの対比は、二人が元は同じルーツを持つものの一方は国に残りマジョリティ(社会的多数派)として社会を司る存在、もう一方はマイノリティ(社会的少数派)として社会に振り回される無力な存在として描かれていること。
主人公は、マジョリティとしての人生を経験しているからこそ独自の文化に対する誇りや揺るぎない文化アイデンティティを特に意識することなく持てたのでしょう。そして自身の見た目やバックグラウンドのせいで社会的に脅かされることも無い自由で余裕のある生活も送れている。
もし、そんな環境が一切存在しなかったならば?
もし、自分の文化も奪われ、社会的な抑圧を経験しながら生きていたとしたら?
劇中でのキルモンガーの描写として、自分の体に倒してきた相手の数を傷として刻み込んだり、敵との戦いで彼女を殺すことを厭わなかったりする場面があります。それはどこか自分の存在に対する諦めのような、自分のことを肯定出来ない虚しさを聴衆に感じさせます。
この作品をきっかけに『社会的マイノリティとして生きる』ということがどれほどまでに難しいことなのだろうか、そして『独自の文化に触れながら生きることができる』ということがどれだけ幸せなことなのか、ということが頭を過ぎるのでした。
誇れる文化を剥奪されてきた奴隷を先祖に持つ多くのアフリカ系アメリカ人にとって、痛みや悲しみに立ち上がる過程で生まれていったブラック文化とは違う、自身のルーツをこれでもか!と見せつけてくれるこの作品がハリウッドで作られたことにどのような意味を持っていたのか、社会背景を知れば知るほど理解できるように感じます。
おわりに
『ブラックパンサー』を見終わったあと、敵役キルモンガーに対してなんとも言えない寂しさと切なさを覚えます。それは、彼の社会的マイノリティとして耐えてきた辛さ、そして自分のルーツであるコミュニティに受け入れてもらえないどこにも居場所がないような疎外感など、共感せずにはいられない絶望と悲しみを感じるからかもしれません。
上記では触れませんでしたが、人種差別だけでなくクールな女性の活躍も多く見られるこの作品、人種差別や女性差別を助長するような発言を繰り返す現大統領の就任時期に公開されたのも面白いところです。美しい映像と心惹きつけられるストーリーに、社会へ対する大きな抗議のメッセージが含まれている点は、芸術の持つ力の強さを見せつけられるところです。
とてもカッコいいアクションとアヴェンジャーズシリーズの重要な布石を担うこの映画、ぜひ、次回リピートする時は、このような見方も心に留めて観てみてはいかがですか?社会のあり方について考えさせられる一幕があるかもしれません。
クロスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWAのヤスでした。
参照文献:
映画『ブラックパンサー』について社会的視点からの考察を紹介した記事(日本語)ぜひ興味のある方はこちらもどうぞ。
https://realsound.jp/movie/2018/03/post-167249_2.html
映画『ブラックパンサー』がアフリカ系アメリカ人にとってどのような意味を持つのかを紹介した記事
https://www.ofafricamag.com/our-black-panther-review-revolution-through-celebration-no-major-spoilers/
映画『ブラックパンサー』の興行収入を紹介する記事(日本語)
https://screenonline.jp/_ct/17187590
Steven D. Levitt & Stephen J. Dubner. Freakonomics: a rogue economist explores the hidden side of everything. Narrated by Stephen J. Dubner. Audible, 2007. Audiobook.
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