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本当に言葉の問題?『言語の壁』ってなんだろう?そして向き合い方のヒントとは【異文化変容ストレス】



言葉の違う海外生活において、どうしても付きまとう言語の壁。

この壁の高さは人により違うにしても、この壁の存在をどうにか乗り越えることが、海外生活を少しでも楽なものにするための鍵となるでしょう。

わたし自身も移住当初、言語の壁にはとても苦しみましたし、言葉の不自由さを理由に、日々の生活にストレスを抱えながら辛い時間を過ごす方達もたくさん見てきました。

言語の上達に四苦八苦していた頃は、「英語さえ出来れば…」という強い思いを抱えていたように思います。しかし、今、当時を振り返って思うのは、本当に、言語の壁とは、単に言語の不自由さに基づくものだったのか、ということ。

この記事では、言語の壁が高い本当の理由を心理的側面から分析、そして、今、言語の壁と戦っている方に向けて、それを乗り越えるための方法を提案していきたいと思います。

過去記事:『言語の壁。海外生活中の『言語のバリア』を乗り越えるための心理対策法と合わせてご覧ください。



言葉の不自由さがもたらす心的負担はトラウマ級?

大学院生の頃に受講していたクラスで、思わず、「これ、全部今のわたしに当てはまる」と思ったことがありました。

そのクラスでは、トラウマ体験を経験した人の心理状態を説明していたのですが、「異文化で生活するって、小さなトラウマを何度も何度も毎日経験しているようなものだ」と発言したのを覚えています。

その時に真っ先に反応したのが、イスラエル出身のクラスメートでした。彼女は、わたしの意見を聞いて「本当にその通りだと思う。だって、第二言語でネイティブに話しかけるってかなり勇気のいることだし、相手の反応次第ではすごく傷つく行為の繰り返し。いつも大きな不安とフラッシュバックと戦っている」とわたしに次いで発言したのでした。

当時のわたしはとにかく授業についていくのに必死、正直なところその発言も、当時辟易していたアメリカ生活に対する八つ当たり的発言だったのですが笑。自分たちが非ネイティブ話者として発する言葉が、どのような印象で相手に受け取られるのか(ジャッジされるのか)の審議にかけられるような感覚、そして相手を理解できなかった・伝わらなかった時の恐怖心と恥の気持ち、よく考えてみると、とてもヴァルネラブル(弱い部分を曝け出すような無防備な状態)な体験を日常的にしていたと、彼女の発言を聞いて改めて思ったのでした。

毎日生活しているからこそ、どうしても避けられない現地の人との会話。

しかし、一度でも上手く会話が出来ずにとてつもなく怖い思いや恥ずかしい気持ちを経験したら、その時の衝撃を内包したまま、同じような状況に何度も身を落とすことになります。

それを避けるために、回避の行動を繰り返したり、何度も当時の衝撃を思い出し不安になったり、話した後しばらく身体の強張りが取れなかったり…。このトラウマ的経験による精神的なバリアが、言語の壁をより頑丈にしている材料の一つなのではないかと感じます。


日本人はシャイ?固定概念がもたらす罠

これは英語圏に限ることかは分かりませんが、

「日本人は大人しい」

「日本人はシャイ」

「日本人はあまり発言をしたがらない」

「日本人はあまり英語が話せない」

これらの言葉(ステレオタイプ)を滞在先現地の人から聞いたことのある日本人は大勢いるのではないでしょうか?

この言葉、確かに日本で育った人は、あまり学校で発言することを求められないで育っているのもあって、留学生界隈ではあるあるな話ではあるのですが、ここでは、この発言をされることの威力についてを説明したいと思います。


ある特定の集団やグループに対するネガティブな固定概念が人にどのような心的影響を与えるのかを研究した内容によると、対象グループに当たる人は、その固定概念に付随するスティグマ(汚点)を内面化してしまう傾向があり、さらには、それを指摘されることによって、よりプレッシャーがかかり、結果その固定概念に収まるような行動をとってしまう、ということが分かったそうです。

それは、例えば、同じ言語能力レベルの中国人の留学生と日本人の留学生がいた時、先生が一言クラスのはじめに「日本人はあまり積極的に発言をしない…」と言った場合。その日本人学生は、その言葉を内面化し、発言をすることに対して必要以上のプレッシャーを感じ、結局発言が出来なくなってしまう…、一方で何も言われなかった中国人学生は、能力に見合う発言が出来るため尚更、両者の発言力の差が出て、固定概念(ステレオタイプ)を裏付けてしまう悪循環を辿ってしまう…。このような可能性が起きることを指摘しています。

わたし自身、留学生時代、このような日本人の言語能力を指すあまりポジティブではないステレオタイプを何度も聞いてきました。そして、実際に、その結果、発言に大きなプレッシャーと意識を過剰に向けていた時期もあります。

この固定概念により重圧がかかることをステレオタイプ脅威 (stereotype threat) と説明するそうです。この重圧が、日本人の言語に対する意識に大きく貢献していることはないだろうかと推測します。

言語の壁を打破するには?

では、言語能力だけではない、上記のような精神的ハードルを乗り越えるにはどうすれば良いのか?

以下に3つの方法を提案してみたいと思います。

⒈ 自分に対してポジティブなセルフトークを与えていく

セルフトークとは、自分が自分に向けてする対話のようなもの。

「よく頑張ったね」とか「やれば出来るじゃない」といったポジティブな言葉を自分に掛けていくことは自分の気持ちを鼓舞してくれます。

セルフトークの研究によると、自分が自分に話すような語り口よりも、第三者が自分に向けて話しかけているような語り口を意識するとよりその効果が高いそう。

「〇〇ちゃん(自分)、あの時のこれ、すごく頑張っていたと思うよ」


「かなり緊張するような状況だったけれど、〇〇さん(自分)、分かりやすくはっきりと話せていたと思うよ。」

このような、第三者視点からの発言は、自身の気持ちを客観的に理解し把握していく機会になるだけでなく、共同体で生きてきた人間の脳にとって、人との繋がりを感じさせてくれるような充実感を与えてくれる効果があるようです。そしてそれが、肯定感となって、後に自信になることも。



⒉ 暴露療法(エクスポージャー)を実践する

暴露療法(エクスポージャー)とは、不安への対処法の一つとして提案される認知行動療法系アプローチによく使われるテクニック。恐怖や不安を感じて思わず避けたくなってしまうような状況に、あえて自分の身を置くことで、徐々にその負荷に慣れていくことから不安に対処することを目指します。

時間の長さと、どのような文脈(どのようなシチュエーション、どのような時、どのような場所)でそれをやるかだけを事前に決めておいて、自分の恐怖となっている言葉を発言する機会をあえて作りながら少しずつ練習していく。

初めは、スーパーでの買い物をとりあえず会話は最低限でやってみる、といったところから、次は、スタバなど対面での注文をしていくようにしてみる。そして、徐々にカスタムオーダーのお店で複雑な注文を経験していけるように…と。

時間とシチュエーションを制限することで、比較的容易に取り掛かることができるでしょう。これを繰り返すことで、言葉を発する恐怖が少しずつ薄らいできますし、話すことに対してポジティブな体験も増えてくることでしょう。

⒊ 何のために言語の壁を乗り越えようとしているのか、自分の意思と大切にしたい価値観と向き合う

言語の壁を乗り越えた先に何が待っているのか。それは『なりたい将来の自分』ではないですか?

実際のところ、なりたい自分を得ていくには、言語の壁に戦いを挑み乗り越えていく試練を通らなくてはなりません。しかし、その道中には『言語の壁への苦痛から(今すぐにでも)解放されたい自分』がいます。

『なりたい将来の自分』と『言語の壁への苦痛から(今すぐにでも)解放されたい自分』

この二つのうち、どちらの自分を手放したいか。

心理アプローチの一つACTの創始者の一人であるヘイズ博士によると、人間は、何かを目指す時、より近くに存在する早急な解決に目を向けがちで、長期的な目標や本来の目的を見失ってしまう場合が多いと説明します。

「目の前の苦痛から早く離れたい」「嫌な思いをこれ以上したくない」と思うあまり、本来の目的である、なぜ自分は言語の壁を乗り越えようとしているのか、に意識がなかなか向きにくい。目先にある不快な気持ちを手放すことは、長期に見据えた大きな目的を失うことを意味します。

なぜなら、『言語の壁への苦痛から解放されたい自分』を選ぶことは『なりたい自分になれなかった自分』という痛みに繋がり、『なりたい将来の自分』から得られる『喜びと自信、勝ち取りたい何か』を手に入れることを不可能にします。


『なりたい将来の自分』と『言語の壁への苦痛から解放されたい自分』

「この二つのうち一つを選べ」と言われたら、どちらを選ぶのだろうか。

究極な選択になりますが、そのどちらを選びたいか。そのために、自分はどんな犠牲を払う決意を持つのか。固定概念に基づくパフォーマンスの低下も起きてしまう言語環境であるからこそ、周囲の人の思うことや考えではなく、自分の意思を深く深く振り返っていくことが、最終的には大切になってくるのではないかと感じます。

おわりに

人間の脳は、認知障害がある場合を除き、経験した嫌なことを忘れることは出来ません。

しかし、その経験を踏まえ、どのような人生を歩んでいきたいか、それを決定する権利は自分にあります。

わたしは、『なりたい自分になれなかった自分』という痛みを経験したくなかった、その気持ちだけで、目の前の苦痛に向き合う選択をしました。もちろん、そんな決意表明を持ちつつも、上述したように、周りのアメリカ人達に八つ当たりしたくなるような時も、自分のダメさ加減を呪う時も、とにかく恥ずかしくて穴があったら入りたいような消えてしまいたい気持ちも、とてつもなくショックな気持ちも様々経験しました。そしてそれは、このように文章に書くほど簡単でさっぱり乗り切ったことではないことも実感しています。

しかし、自分が自分の人生を振り返った時に、少しでも自分の成長が見えた時、そこに大きな喜びを感じるはずですし、そこに生まれる自信があるのも確かです。他人との比較ではない、どんな自分になりたいかを自身が決め、過去の自分との比較から成長し進んでいくための大きな試練が、この『言語の壁』なのではないでしょうか。

この記事が、言語の壁に悩んでいる方の、挑戦への後押しとなれば幸いです。

クロスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWA

 

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参考文献:

自信がなくても行動すれば自信はあとからついてくる

ラス・ハリス著


不安がどのように自分の人生を制限してしまう効果を持つのか?そして、不安との関わり方を変えることで今まで避けてきた本当に自分がなりたい姿が見えてくるとしたら?その打開策を見つけるための、不安を自信に変えていくためのマインドセットとは?脳トレのような感覚で、今までの思考回路をいい意味でチャレンジしてくれる本です。



差別はたいてい悪意のない人がする

キム・ジヘ著


「まさか自分が差別をしているなんて」と差別をしていることを否定する私たち人間に対して、その見えない有害性・加害性の可能性をとことん説明した本。どのような差別が世の中には存在するのか、それがどのように起きるのか、そしてそれが人にどのような傷を残すのか…。「見る場所によって景色が変わる」をまさに実感できる素晴らしい本だと思いました。本記事で説明した、ステレオタイプとパフォーマンス能力の相関はこの本の内容を参考にしています。


Antony.M.M., & Swinson.R.P. (2009). When perfect isn't good enough. Strategies for coping with perfectionism. Audiobook: Audible.


Eifert.G.H., & Forsyth. J.P. (2005). Acceptance and commitment therapy for anxiety disorders: a practitioner's treatment guide to using mindfulness, acceptance, and values-based behavior change strategies. New Harbinger Publications. Oakland: CA.



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