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本当に言葉の問題?『言語の壁』ってなんだろう?そして向き合い方のヒントとは【異文化変容ストレス】

  • 執筆者の写真: ヤス@BUNKAIWA
    ヤス@BUNKAIWA
  • 2021年10月27日
  • 読了時間: 9分

更新日:9月6日


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海外生活につきものなのが「言語の壁」。


この壁の高さは人によって違いますが、多くの人にとって、生活を楽しむための大きなハードルになります。

わたし自身、移住当初はこの壁に何度もつまずきました。


言葉が通じない不安、会話についていけないもどかしさ…。


「英語さえできれば…」と強く願いながら、必死に勉強していた時期もあります。

でも、振り返ってみると——本当に「壁」の正体は、単なる言葉の不足だったのでしょうか?そこには、もっと深い心理的な理由が隠れていました。


この記事では、その理由を心理の視点からひも解き、今まさに「言語の壁」と向き合っている方に、乗り越えるためのヒントをお届けします。




言葉の不自由さがもたらす心的負担は、トラウマ級?

大学院生の頃、ある授業で「これ、まさに今の私のことだ」と思った瞬間がありました。

その授業では、トラウマを経験した人の心理状態について学んでいました。私は思わずこう口にしたのを覚えています。


「異文化で生活するって、小さなトラウマを、毎日、何度も経験しているようなものだと思うんです」


この言葉に真っ先に反応したのが、イスラエル出身のクラスメートでした。彼女はこう続けました。


「本当にその通りだと思う。第二言語でネイティブに話しかけるって、すごく勇気がいること。相手の反応次第で深く傷つくこともある。それを何度も繰り返すなんて、常に大きな不安とフラッシュバックと戦っているようなものだ」


当時の私は、授業についていくのに必死でした。正直、この発言は少しアメリカ生活への八つ当たりも混じっていたと思います(笑)。でも彼女の言葉を聞いて改めて気づきました。非ネイティブとして話すとき、相手にどう受け取られるのかを常に審査されているような感覚。理解できなかったときや伝わらなかったときの恐怖と恥ずかしさ。そのどれもが、弱い部分をさらけ出すような、無防備でヴァルネラブルな体験なのだと。


海外で生活する以上、現地の人との会話は避けられません。けれど、一度でも会話に失敗して強い恐怖や恥を味わえば、その衝撃を抱えたまま、同じような状況に何度も身を投じることになります。


それを避けようと回避行動をとったり、何度も当時の記憶がよみがえって不安になったり、会話後もしばらく体が強張ったままだったり…。こうしたトラウマ的経験が、言語の壁をより高く、そして頑丈にしているのだと感じます。



日本人はシャイ?固定概念がもたらす罠

これは英語圏に限ったことかは分かりませんが、

「日本人は大人しい」

「日本人はシャイ」

「あまり発言をしたがらない」

「英語があまり話せない」

こうした言葉(ステレオタイプ)を、現地の人から聞いたことがある日本人は多いのではないでしょうか?

確かに、日本の学校教育ではあまり発言を求められないことも多く、留学生の間ではよく聞く話です。


ですが、ここで注目したいのは、この「ステレオタイプ」が本人たちに与える心理的な影響の強さです。


研究によると、特定の集団に対するネガティブな固定概念は、その対象となる人々にスティグマ(汚点)として内面化されやすく、さらにその固定観念を指摘されることでプレッシャーが増し、結果的にその固定観念通りの行動をとってしまう傾向があることがわかっています。

例えば、同じ言語能力の中国人留学生と日本人留学生がいたとします。


もし授業の初めに先生が「日本人はあまり積極的に発言しない」と言った場合、日本人学生はその言葉を内面化して発言に強いプレッシャーを感じ、結局発言できなくなってしまう。一方で何も言われなかった中国人学生は、実力に見合った発言ができる。その結果、両者の発言量に差が出てしまい、固定概念がさらに強化される悪循環に陥るのです。

私自身も留学時代、こうした日本人に対するネガティブなステレオタイプを何度も聞きました。実際、そのために発言に過剰なプレッシャーを感じていた時期もあります。

こうした固定概念による心理的な圧力は、「ステレオタイプ脅威(stereotype threat)」と呼ばれています。この脅威が、日本人の言語に対する意識や行動に大きな影響を与えているのではないかと私は感じています。


言語の壁を打破するには?

では、言語能力だけではない、上記のような精神的ハードルを乗り越えるにはどうすれば良いのでしょうか?そこで、3つの方法を提案したいと思います。

⒈ 自分に対してポジティブなセルフトークを与えていく

セルフトークとは、自分が自分に向けてする対話のようなもの。

「よく頑張ったね」とか「やれば出来るじゃない」といったポジティブな言葉を自分に掛けていくことは自分の気持ちを鼓舞してくれます。

セルフトークの研究によると、自分が自分に話すような語り口よりも、第三者が自分に向けて話しかけているような語り口を意識するとよりその効果が高いそう。

「〇〇ちゃん(自分)、あの時のこれ、すごく頑張っていたと思うよ」


「かなり緊張するような状況だったけれど、〇〇さん(自分)、分かりやすくはっきりと話せていたと思うよ。」

このような、第三者視点からの発言は、自身の気持ちを客観的に理解し把握していく機会になるだけでなく、共同体で生きてきた人間の脳にとって、人との繋がりを感じさせてくれるような充実感を与えてくれる効果があるようです。そしてそれが、肯定感となって、自信へと繋がっていきます。



⒉ 暴露療法(エクスポージャー)を実践する

暴露療法(エクスポージャー)とは、不安への対処法の一つとして提案される認知行動療法系アプローチによく使われるテクニック。恐怖や不安を感じて思わず避けたくなってしまうような状況に、あえて自分の身を置くことで、徐々にその負荷に慣れていくことから不安に対処することを目指します。

時間の長さと、どのような文脈(どのようなシチュエーション、どのような時、どのような場所)でそれをやるかだけを事前に決めておき、言葉を発言する機会をあえて作りながら少しずつ練習していく。

初めは、スーパーでの買い物をとりあえず会話は最低限でやってみる、といったところから、次は、スタバなど対面での注文をしていくようにしてみる。そして、徐々にカスタムオーダーのお店で複雑な注文を経験していけるように…と。

時間とシチュエーションを制限することで、比較的容易に取り掛かることができるでしょう。これを繰り返すことで、言葉を発する恐怖が少しずつ薄らいできますし、話すことに対してポジティブな体験も増えてくることでしょう。


⒊ 何のために言語の壁を乗り越えようとしているのか、自分の意思と大切にしたい価値観と向き合う

言語の壁を乗り越えた先に、あなたを待っているのは何でしょうか?それは、「こうなりたい」と願う未来の自分ではないでしょうか。


しかし、その理想の自分に近づくためには、言語の壁という試練に立ち向かい、乗り越えていく必要があります。一方で、目の前には「言語の壁の苦痛から、今すぐにでも解放されたい自分」も存在しています。


この二つの自分――『将来こうなりたい自分』と『苦痛から解放されたい自分』

あなたは、どちらの自分を手放したいと思いますか?


心理学の一つのアプローチであるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の創始者の一人、ヘイズ博士はこう言います。人は何かを目指すとき、目の前にある辛さや苦痛から早く逃れたい気持ちに目が向きやすく、長期的な目標や本来の目的を見失ってしまいがちだと。


「今すぐ苦痛から離れたい」「嫌な思いをこれ以上したくない」という強い願望があるあまり、なぜ自分が言語の壁を乗り越えようとしているのか、その本当の目的に意識を向けにくくなるのです。


しかし、短期的な苦痛の回避は、長期的な夢や目標を諦めることにつながります。

なぜなら、「苦痛から解放されたい自分」を選べば、「なりたい自分になれなかった自分」という痛みが待っているからです。それは、未来の自分が手に入れられるはずだった「喜びや自信、大切な何か」を失うことを意味します。


改めて問います。『なりたい未来の自分』と『苦痛から逃れたい今の自分』

この二つのうち、どちらを選びますか?


これは究極の選択かもしれません。そして、どちらを選ぶにしても、どんな犠牲を払う覚悟があるのか、自分自身に正直に向き合うことが必要です。


特に、固定概念や偏見によってパフォーマンスが下がりやすい言語環境だからこそ、周囲の評価や期待に惑わされず、自分の本当の意思を深く見つめ直すことが、最後には何よりも大切なのだと私は感じています。


おわりに

人間の脳は、認知障害がない限り、嫌な経験を完全に忘れることはできません。

しかし、その経験を踏まえたうえで、どんな人生を歩みたいかを決めるのは、自分自身の権利です。


わたしは、『なりたい自分になれなかった自分』という痛みを経験したくないという思いだけで、目の前の苦痛に向き合うことを選びました。もちろん、その決意があっても、時には周りのアメリカ人に八つ当たりしたくなったり、自分の至らなさを責めたり、穴があったら入りたいほど恥ずかしくて消えたい気持ちや、とてつもないショックを感じることもありました。こうした気持ちは、文章に書くほど簡単に乗り越えられたものではないと、今でも強く実感しています。


それでも、自分の人生を振り返ったとき、少しでも成長を感じられた瞬間には、大きな喜びを覚えますし、その喜びが自信となるのも確かです。


他人と比べるのではなく、「どんな自分になりたいか」を自分自身が決め、過去の自分と比べて少しずつ成長していく。そんな人生の大きな試練こそが、この『言語の壁』なのではないでしょうか。


この記事が、言語の壁に悩むあなたの挑戦を後押しする一助となれば幸いです。


クロスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWA

関連記事:



参考文献:

ラス・ハリス著


不安がどのように自分の人生を制限してしまう効果を持つのか?そして、不安との関わり方を変えることで今まで避けてきた本当に自分がなりたい姿が見えてくるとしたら?その打開策を見つけるための、不安を自信に変えていくためのマインドセットとは?脳トレのような感覚で、今までの思考回路をいい意味でチャレンジしてくれる本です。



キム・ジヘ著


「まさか自分が差別をしているなんて」と差別をしていることを否定する私たち人間に対して、その見えない有害性・加害性の可能性をとことん説明した本。どのような差別が世の中には存在するのか、それがどのように起きるのか、そしてそれが人にどのような傷を残すのか…。「見る場所によって景色が変わる」をまさに実感できる素晴らしい本だと思いました。本記事で説明した、ステレオタイプとパフォーマンス能力の相関はこの本の内容を参考にしています。


Antony.M.M., & Swinson.R.P. (2009). When perfect isn't good enough. Strategies for coping with perfectionism. Audiobook: Audible.


Eifert.G.H., & Forsyth. J.P. (2005). Acceptance and commitment therapy for anxiety disorders: a practitioner's treatment guide to using mindfulness, acceptance, and values-based behavior change strategies. New Harbinger Publications. Oakland: CA.


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