オーストラリアで制作されたリアリティ番組『Love on the Spectrum(ラブ・オン・スペクトラム)』
これは、高機能自閉症スペクトラム障害(ついひと昔までアスペルガーと呼ばれていた)の20代前半を中心とした若者達の恋愛やブラインドデートを特集した、恋愛リアリティ番組です。
*ブラインドデートとは、友人や仲介を介して引き合わされる初対面の二人による1対1のデートのことを指します。
高機能自閉症スペクトラム障害がどのようなチャレンジを持つ障害なのか、どのような葛藤を個人が経験しているのか、それが『恋愛』という一つのテーマを通して分かりやすく伝えられるとても面白い番組だと思いました。
そこでこの記事では、この番組の魅力についてを特集しようと思います。
そもそも高機能自閉症スペクトラム障害とは?
過去にはアスペルガーと呼ばれていたこの高機能自閉症スペクトラム障害。
アメリカ精神医学会のDiagnostic Statistic Manual-5(一般的に心理職者の間で使われている精神疾患の診断定義をまとめた辞書)によると、自閉症スペクトラム障害は、主に、感覚運動やコミュニケーションなど対人スキルに困難を抱えることが指摘されています。
高機能自閉症スペクトラム障害は、スペクトラムの中でも比較的典型的な人たちに傾向が近い方のことを指します。そして、彼らの多くがこれらの特徴を持っている場合が指摘されています:
ソーシャルキュー(言葉にしないけれど伝えたい暗黙の合図)を汲み取る事が難しいこと
過去に何度も相手の気持ちを読めない事が原因で人間関係に自信がなくなってしまっていること
環境の変化に弱く、ルーティーンやルールを好む
こだわりが強かったり、好きなことや興味のあることへの探究心が強かったりする
人が大勢集まる場所や視覚・聴覚・臭覚刺激が強い場所などが苦手、等
もちろん、個人により様々な差があるため、一概にこれだ、と症状を断定する事が出来ません。それも含めてスペクトラム(範囲)という名前がこの障害にはつけられています。
番組が持つ魅力とは?
高機能自閉症スペクトラム障害の特徴を踏まえ、実際に、どのような魅力を持つ番組なのでしょうか?『ラブ・オン・スペクトラム』の魅力を3つにまとめてみました。
魅力1:高機能自閉症スペクトラム障害とは?を視聴者に説明するための工夫が凄い
この番組の大きな特徴であり魅力的なところは、登場キャスト本人(素人)たちのインタビュー、彼らの家族や友達との接し方を映したシーン、家族や自閉症専門恋愛アドバイザーのジョディさんのインタビューのみを通して高機能自閉症スペクトラム障害がどのような障害なのかを説明し切っているところです。
また、ブラインドデートで登場してくるデート相手の紹介には、障害名ではなく、その人が『好きなもの』と『嫌いなもの』が紹介されます。これは、とてもすごい粋な演出で、彼らの好みがダイレクトにこの障害を物語っている場合もあれば、視聴者の誰もが共感出来るものな場合もあるなど、彼らが、『高機能自閉症スペクトラム障害を持つ誰か』としてではなくて、ただ『ブラインドデートに来た人』というとても普遍的な印象を植え付けてくれるのです。
小難しい専門的な心理用語で客観的に症例を語るのとは一線を引いて、高機能自閉症スペクトラム障害の人たちが抱えやすいチャレンジや、それによりどのような悩みを抱えているのか、等がこれらの演出を通じて説明されることで手に取るように分かりやすく親しみを持って伝わってきます。
『高機能自閉症スペクトラム障害』という診断名はついているものの、個人により特徴が大きく違うことも分かりやすいよう番組構成が工夫されている点も特筆すべきところだと感じました。
魅力2:『恋愛』をテーマにしていること
高機能自閉症スペクトラム障害を持つ者にとって、誰かと言葉や気持ちのキャッチボールをすることは大きな難題の一つです。
恋愛、しかもパートナーを見つけるまでの期間って、誰もが不安で、自信が無くて、会話のコミュニケーションに絶大な意識を注ぐ期間だと思うのです。そこに、相手の表情やボディーランゲージ、微妙なニュアンスを読み解くのが苦手な高機能自閉症スペクトラム障害の人がチャレンジするとなったら、どれだけ大きなハードルなのでしょうか。
『恋愛』をテーマにすることで、この障害の一番辛いところがハイライトされています。
そして、恋愛は、愛情を感じることや家族を作ることにも繋がっていきます。そこに、大きな理想と憧れを持っている登場キャストたちの話を聞いて、ますますこの障害の持つチャレンジとハードルの大きさを思い、上手くいかないもどかしさに切なさと応援したくなる気持ちを感じてしてしまうのです。
魅力3:ジョディ・ロッジャーズ(Jodi Rodgers)さんの存在
高機能自閉症スペクトラム障害の登場キャスト達のデートを手助けする存在として登場するのがこのジョディ・ロッジャーズさん。
彼女は、障害を持つ方専門のリレーションシップエキスパートという肩書きで紹介されています。
しかし彼女の経歴はとても深く、性科学者、カウンセラー、特別支援学級教育者の資格を持ち、障害を持つ方の性教育・リレーションシップやコミュニケーション教育を長年の間、障害を持つ本人やその家族を対象に行なってきた方だそうです。
彼女がデートに必要なコミュニケーションの仕方や考え方を登場キャストに教えていく様子が見られるのですが、そのやり取りが優しくて、わかりやすくて、面白くて、見ていてとても楽しいのです。
また、PEERS GROUPと呼ばれるUCLAを中心に始まった思春期以降の自閉症の方を対象にしたソーシャルスキルのプログラムの一場面も紹介されています。
このように、様々な支援や介入の元、高機能自閉症スペクトラム障害のコミュニケーションの難しさを緩和する事が出来る様子が一緒に紹介されていることも、この番組の醍醐味に感じました。
おわりに
長い間、自閉症は『感情を感じられない』『人に興味がない』と言った誤解を受けていたように思います。
わたしも、登場キャスト達のような高機能自閉症スペクトラム障害のクライアントさん達を担当した経験を経て、それは誤解だということ、典型的な方達とは少し違う物事の捉え方や感じ方が様々なハードルを作り出しているのだということを学び、自分の抱いていたステレオタイプが崩されるのを経験しました。この番組はまさにそれを体現してくれた存在のように感じます。
もちろん、自閉症のスペクトラムのどの位置かによって見える世界が全然違うので一括りにすることは出来ませんが、高機能自閉症スペクトラム障害の方に対する世間のイメージがこの番組を通じて大分変わっていくのではないかな、と思います。
何よりも、ちょっと人見知りでおっかない、ぎこちない恋愛初心者のデート番組として見てみてもとても共感できる、とても面白い番組だと思います。みなさんも、ぜひ機会がありましたら観てみてください。心がちょっと暖かくなるシーンもあるかもしれません。
クロスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWAのヤスでした。
参照:
エレン・ノットボム著
自閉症の息子を持つ著者による、自閉症の子供の気持ちに迫る本。自閉症児に関する参考情報が満載で、自閉症の子供を持つ親以外にも、教育職・心理職の方にもぜひ読んでほしい内容です。著者の息子も、多分この記事で特集した『高機能自閉症スペクトラム障害』に比較的近いケースかもしれず、息子の成長が本を通じて知る事が出来、親子の物語にもなっています。
Greenspan. S. (2007). The Child With Special Needs: Encouraging Intellectual and Emotional Growth (A Merloyd Lawrence Book).
Notbohm.E. (2006). Ten Things Every Child with Autism Wishes You Knew. Audiobook: Audible.
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