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  • 執筆者の写真ヤス@BUNKAIWA

初期ステージのアルツハイマー型認知症患者さんを対象としたグループアートセラピープログラム【アートセラピーと認知症】



医学の発展により、アルツハイマー型認知症をはじめ各種認知症が引き起こされる原因や脳内のどのエリアが影響しているのかが研究・解明されるようになってきました。


それに合わせアートセラピーの分野でも、認知症に特化したアートセラピーアプローチの研究が進んでいます。


わたしが以前勤めていたアダルトデイケアセンターでは、現在理解されている脳の仕組みや情報を元にデザインされた初期認知症患者さんに特化したグループセラピー型メモリーケアプログラムがあり、その中でアートセラピーを使った「サポートグループ」を約二年弱担当していました。


この記事では、わたしが携わっていたメモリーケアプログラムの紹介と共に、初期アルツハイマー型認知症の方にアートセラピーを使う利点についてを解説したいと思います。


アルツハイマー型認知症とは?

「物忘れ」が大きな特徴のアルツハイマー型認知症は、主に物事の実行機能や作業記録を司る海馬 、嗅内皮質、前頭前野のエリアの神経細胞がダメージを受けて死滅してしまうことで認知や記憶に障害が出てしまう症状です。


特に、学んだばかりの新しい記憶(ショートタームメモリー)や作業記録(ワーキングメモリー)を忘却してしまう場合が多く、同じ話を何度も繰り返したり、ついさっき来たばかりの道に迷ってしまうこともあります。しかし、長年培ってきた経験による知識や昔からの記憶(ロングタームメモリー)は、比較的進行が進むまで残っていることが特徴です。そのため、症状が軽いうちは過去の記憶を頼りに通常通りの生活を続ける方もおり、家族が認知症になかなか気づかないこともあります。


人により、脳のどのエリアが一番影響を受けるのかには大きな個人差があるため、アルツハイマー型と診断されても、上記のように新しい情報の物忘れから始まる人もいれば、言葉が出てこないなど言語障害から進行が始まる方もいます。


初期ステージのアルツハイマー認知症患者さんが抱える葛藤

初期段階のステージと診断されたアルツハイマー認知症の患者さんの中には、通常の生活が送れる程の軽度の認知障害しかないものの、物忘れへの自責の念や今後の大きな不安、否認感情など、認知症の進行が進んだ人よりも深刻な精神的苦痛や葛藤を抱える方が多いことが指摘されています。また、社会的地位の高い職業をされていた方には、恥の感覚やプライドが崩れ去っていくような、怒りの感情や自己喪失感を強く味わう方も多いです。


そして、本人の精神的苦痛とは裏腹に周囲や家族からはなかなか理解されにくい状況も手伝って、人との交流を避けたり無力感や鬱(うつ)に苛まれたり、社会から孤立してしまう方がこの時期の患者さんに多く見受けられます。


初期認知症患者さんを対象にしたグループセラピー型メモリーケアプログラムについて

初期認知症患者さんを対象にしたメモリーケアプログラムは、3人のセラピストと8人定員の初期認知症のメンバーで構成され、毎週同じ曜日に同じメンバーで集まる10時から2時までの計4時間のグループです。1時間刻みで着席ヨガ】【脳トレゲームとクイズ】昼食を挟んでサポートグループ】がカリキュラムとして組まれています。


着席ヨガやクイズは、認知症患者さんの症状を考慮しつつ脳を刺激するようにデザインされており、サポートグループでは、上記に挙げたように認知症初期段階ステージの方が抱えやすい精神的葛藤に対する心理サポートを目的にしています。


常に3名のセラピストが帯同しているので、サポートグループ以外の時間にも、不安に襲われたメンバーや落ち込んでいるメンバーがいたら、その時の状況に合わせて個別にケア出来る体制が万全に整っています。



【サポートグループ】の内容:グループアートセラピーについて

わたしはアートセラピストとして、心のケアを目的としたサポートグループ内でお題を伴うアートプロジェクト(アートダイレクティブ)を実施していました。初期認知症患者さんが経験する葛藤、アート制作の特徴、そして脳科学の研究に発想を得て、以下の3点の項目を視野に入れながら各アートプロジェクトを毎週考案・デザインしていました:


⒈ 貯蓄された記憶を刺激する


脳神経の研究から、年を重ねても神経新生 (neurogenesis)が脳内で行われていることが知られてきました。そのため、生き残っている細胞を刺激し活性化させ、新しい細胞と繋いでいくことで、脳細胞死滅の進行を遅らせる効果があります。例えば、昔の趣味や家族、季節行事などをたくさん話す機会が作れるような、回想セラピーを含むお題やテーマを選ぶことは、メンバーたちの昔の記憶を呼び起こす刺激を与えます。



⒉ 反芻行為やヒント出し、ユーモアを交え楽しいアクティビティを作る


認知症の症状の一つとして、注意力が続かないという点があります。それは、注意散漫になりやすくなっている場合もあれば、認知力低下の影響から指示についていくことが出来ずに諦めてしまう場合も考えられます。そのため、分かりやすく面白いアクティビティを提供することが注意力を持続させる秘訣になります(活動に長く取り組めるほど、認知刺激の時間も増えます。)また、シンプルで指示について行きやすいグループアクティビティは参加者を安心させる要素も持ちます。そのため、アートに慣れていない人でも簡単に取り組めるコラージュやシンプルなアート制作を選んだり、アートセラピストが粗方枠組みを準備したり、ジェスチャーや冗談を交え興味をそそるような説明を工夫したり。また、対戦ゲームの要素を取り入れる等遊び心あるものを紹介することもあります。



⒊ アルツハイマー型認知症に関する心理教育の要素を入れる


自分の身に何が起きているのか、どのような対策をとれば良いのか、自分の経験は同じ症状を持つ人なら誰にでも起こりうることなのか、等、一般的な症状の流れや精神的葛藤、それらに対する対処法を客観的に知ることは大きな安心に繋がります。そのため、認知症に関する専門知識や心理教育が提供できるようなテーマや、メンバーが過去に共有した精神的葛藤やストレスへの対処法をブレインストームできるようなテーマを選ぶこともあります。



アートプロジェクトの内容は多岐に渡るものの、前提として初期認知症メンバーの抱える精神的葛藤を目の前に引き出すようにグループを進行していくので、セラピストの問いかけやアート制作中のふとした発言から発展して、メンバーがとても個人的で家族にも話せないような心の内を共有する場合も多々あります。同じ症状を抱える人同士が集まるグループという特徴により、自分の経験が肯定されることも仲間がいると知ることも出来ます。それは、認知症に苦しんでいる本人にとって大きな安心感へと繋がっていく心穏やかになる場所を提供します。



グループアートセラピーの利点

アートセラピストとしては、実はアートダイレクティブ作りはとても骨が折れる作業。なぜなら、どのようなグループ進行になるか推定した上でテーマを決め、アートプロジェクトの下準備もしなくてはなりません。しかも、最終目的はトークセラピーと同じ心理サポートやケア。それでは、なぜアートをあえて使うのか?


①視覚情報は脳の奥底の記憶を引き出す


アートの大きな特徴として『視覚を使う』という点があります。


視覚情報は、認知症の影響を受けにくい昔からの記憶(ロングタームメモリー)、そして無意識のうちに脳内に蓄積されていることの多いインプリシットメモリーというタイプの記憶バンクに貯蓄される場合が多いのです。


そのため、言葉で表現が出来なくても、視覚を通して人の過去の記憶に直接アクセスすることが可能であり、それは認知症患者さんにとってとても有効です。


見覚えのあるイメージが目の前に出されることで、過去の思い出が蘇ってきたり、言葉の説明では理解が難しいお題にも取っ付き易くなったり。また、メタファーの効果により、何か無意識に思っていたことが口から出てくることもあり、メンバーが抱えている精神的葛藤や思いをセラピストが理解しやすいといった利点があります。



②アート制作は楽しい、そして脳の刺激にもなる


アート制作には、視覚をはじめ触覚、そしてグループの場合、聴覚や話すことなど様々な体の器官を同時に使うことが求められます。また、アート用具をシェアしたり、相互に見せ合ったりする社交的な対人関係行為は、脳の様々な部分を刺激します。


アート制作は脳内の神経組織をたくさん使う行為のため、脳の細胞を刺激し活性化を促すことができます。また、様々な体感感覚が刺激されることで、気持ちが落ち着くことも。脳が活性化されることで、神経細胞の死滅進行を遅らせる効果もあります。



③出来上がりの作品を通じグループの一体感を感じることが出来る


グループアートセラピーの醍醐味は、何と言っても完成作品を通じてグループの一体感が一目で分かることです。


一人で不安を抱えやすい認知症初期段階にいるメンバー達にとって、目に見えて「自分は一人ではない」と知る機会は、大きな心の支えとなります。自分の描いた(作った)ものがグループ作品のどこにあるのか探したり、感想を言い合ったり、そういう交流の一つ一つが共同体感覚や所属先がある安心感を促します。


わたしの所属していたグループは、メンバー同士がまるで戦友のようなかけがえのない友人となり、欠席の人を思いやったり、誕生日やお祝い事を一緒にお祝いしたり、とても和気藹々と素敵な雰囲気が作られていました。毎週グループに来ることが大きな楽しみになっている方も多かったです。


さいごに

認知症初期の頃は、自身に対する苛立ちや病気に対する不安や恐怖はもとより、車の免許を手放すことや、家族に迷惑や負担をかけることを責めてしまうなど、物理的・精神的、様々な問題から大きな心の葛藤を抱えてしまう人がとても多いです。そのため、同じような症状を抱えている者同士で話し合えるグループセラピーの機会は重要なものとなります。


アルツハイマー型認知症の患者さんに向けたメモリーケアプログラムは、脳の機能を最大限活性化するようなアクティビティを組み込むと同時に、アートセラピーを含むサポートグループによって必要とされている心のケアにもアプローチ出来るように配慮がなされています。


認知症という特性上、出来るアクティビティが簡単でシンプルなものに限られてしまう場合もあるかもしれませんし、稀に予想外の反応が起きることもあります。しかし、子供がやるような簡易なアート内容を提案するのではなく、クライアント(グループメンバー)の威厳やプライドを尊重出来るような考慮がなされたお題を伴うアートダイレクティブを工夫しデザインすることがアートセラピストには求められています。


尚、具体的なアートセラピーのお題(アートダイレクティブ)や使い方については、長くなるのでこの記事では説明を控えさせていただいています。クライアントに合わせた具体的なお題(アートダイレクティブ)の選定や、セッションのやり方が知りたい方は、アートセラピー相談サービスにて承っています。


長くなりましたが、わたしが携わっていた、初期段階のアルツハイマー型認知症の方へ向けたアートセラピーのプログラムについてを紹介させていただきました。


これからも、アートセラピーの様々なジャンルへのアプローチについて、続々紹介していく予定です。



アートセラピストのヤスでした。

アートセラピー専用Twitterアカウント→@ArtTherapistYasで最新記事の情報をチェック。

 

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参照:

Hass-Cohen. N., & Carr. R. (2008). Art therapy and clinical neuroscience. Jessica Kingsley Publishers. Philadelphia: PA



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