©2020 by BUNKAIWA.

 
  • ヤス@BUNKAIWA

キム・カーダシアン氏の『Kimono』商標登録申請が引き起こした"KimOhNo"騒動と文化盗用の意味についての考察


【画像は騒動の発端となったキム・カーダシアン氏の公式SNSの投稿】


アメリカで高い知名度を誇るセレブタレントであるキム・カーダシアン氏。彼女が新たにプロデュースした補正下着ブランドの名前を巡り、大きな騒動がSNSを中心に勃発しました。


実はこの騒動、わたしがツイートした内容が、最初に彼女のことを報道したBBC記事に取り上げられたことからそのツイートが日本海外問わず多くの方から反響を頂くきっかけとなり、予期せずわたしも渦中に巻き込まれた(巻き込んだ)一人となってしまいました。その他、こちらの記事でもツイートが取り上げられています。


この一件を発端に議論された『文化盗用(Cultural appropriation)』の概念や、多くのご意見を直接頂き気づいたことがあったため、また、騒動の渦中にあった者として、この記事にて騒動の一部始終と自身の見解をまとめたいと思いました。


そもそも何があったの!? “KimOhNo” 騒動のきっかけと収束までの流れ

2019年6月末、アメリカ人セレブであるキム・カーダシアン氏が補正下着ブランド『Kimono』を立ち上げたことをSNSで報告しました。


自らプロデュースした補正下着を着用した彼女の写真とともに投稿されたこの報告。そこに異論を唱えたのがわたしを含む日本人や着物文化を愛する方々でした。その理由はただ一つ、それは彼女の新ブランドの名前が『Kimono』だったから。


『Kimono』という日本人の慣れ親しんだ『着物』を限りなく連想させるネーミングで商標登録を画策中の彼女に対して、それを私物化しないで欲しい、むやみに使わないで欲しい。そこから彼女のネーミングに抗議をする意味を込めて“#KimOhNo” (キム、それはやめて!)というハッシュタグが誕生し、多くの人が意見をするプラットフォームが作られ、是非や批判を含む様々な意見が飛び交う論争へと発展しました。


その後、彼女が「日本文化に敬意を払っている」としながらもブランド名を変えるつもりがない、むしろ着物の持つ美しさを意識して名付けたという声明を出したことから、さらなる批判や議論が発生。京都市長が名称撤回を求める文書を提出するまでに至り、そこで騒動はやっと、彼女がブランド名の変更を決めたことで収束に至りました。


“KimOhNo”の解釈について

この騒動は、日本人をはじめ国内外の多くの方に何かしらの精神的不快感を与えたようでした。それではどのような点が問題だったのでしょうか。飛び交っていた意見の中で特に目立った主張4点を紹介したいと思います(わたしの主観が入りますことをご了承ください):


主張⑴『着物』文化を守りたい


着物を普段から愛好していなくても、日本文化と密接に関わってきた人なら誰もが持つ着物への愛着。七五三や成人式、結婚式など、人によっては人生の節目に着物を着て特別な時間を過ごしたという方も多いのではないでしょうか?わたしも、家族から譲り受けた着物があったり、人生の節目に着物を着て写真を撮ったり、普段着はしないながらも何かしら着物と接点を持つ人生を歩んきました。着物を通じた楽しい思い出や特別な記憶もたくさんあります。


そんな存在であった『着物』がまさか、全く別物の商品として一個人に商標登録される。自身が大事に育んできたものを横取りされたような危機感や悲しさ、怒りを覚えた人も多かったと思います。そこから、着物文化を守りたい、他のものと差別化してきちんと認識してほしい、といった意見が日本人や日本や着物文化にルーツを持つ方を中心に叫ばれたように思います。また、日系アメリカ人の中には「もしかしたら日本の文化である着物が、立場的に強い彼女のような人に他のものとして塗り替えられてしまう」というような、社会的マイノリティ(迫害された経験がある者)が過去に経験をしたことがある悲劇の再来、もしかしたら文化を失ってしまう可能性があるかもしれないと恐怖する絶望感もあったかもしれません。


「下着と着物を一緒にするな」という一見下着を見下したような意見が生まれてしまったのも、下着自体へ偏見があるわけではなく『着物』に特別な感情を持つ方が突発的に抱いてしまった感情的な反応が大きかったのではないかと思います。


主張⑵ アメリカ・セレブ文化に辟易


キム・カーダシアン氏といえばSNSやリアリティ番組で普通とはかけ離れた非現実的な生活や常識外れの活動で周囲を驚かせることから有名になっていった人物。


そんな彼女が、身体の『多様性』や体型に悩みを抱える人へのエンパワーメントを謳い発表した補正下着ブランドが皮肉にも他文化への配慮を無視した多様性を欠くネーミングだった、この本人の意識のギャップに嫌悪感を露わにしたアメリカ人がとても多かったように思います。事実、カーダシアン氏の他文化への無配慮を指摘したわたしのツイート内容は、日本人だけでなく多くの外国人(特にアメリカ人)に支持されたように感じます。


有色人種や色々な境遇のマイノリティに対する差別が残るアメリカ社会。本当に偏見や差別を無くそうと啓蒙活動を行うセレブの方もいる一方で、「そうすることがカッコいい」と、物事の本質を理解しないまま、なんとなくそのような活動真似事をすることで人気に乗っかろうとするセレブもいます。


カーダシアン氏が新ブランドに『Kimono』と名付けたと知った時、わたしも含め多くのアメリカ人が思った最初の印象は、Ignorant(無知)。これは、軽率と見受けられる彼女の思惑を皮肉った言葉です。彼女は過去に、同様に他文化を軽率に扱って批判を受けてきた前科があるので、上記で言うところの後者のセレブに当てはまり、尚更「またやったの!?」感が強かったように思います。


しかし多くのフォロワーを持つ彼女の影響力は測りし得ないもの。このようなことで一国の大切な文化が全く別物として商標登録されることを平気で許す社会になってはいけないと、セレブ文化に対するうんざり感とセレブの影響力が大きすぎる昨今のアメリカ社会に対する警鐘の意味が彼女に対する多くの批判(特にアメリカ人によるもの)には込められていた気がします。


主張⑶ ポリコレ文化にうんざり


上記2点の主張者たちには大く支持されたわたしのツイートですが、反対に、自身のツイート内容に対して一番大きく受けた批判内容といえば、「でも日本文化だって〇〇を使ってるじゃないか」というものでした。カーダシアン氏のファンの方や支持者もいたかもしれませんが、ここには、ポリティカルコレクトネス (Political correctness)(政治的・社会的に正しい見解)にうんざり気味な人たちによる「はいはい、またか」といった苛立ちも見受けられたように思います。


アメリカでは最近、ポリティカルコレクトネスによって他文化を語るのにとてもセンシティブ(敏感)にならなくてはいけないという背景があります。


「〇〇」と言ったらすぐ女性差別、民族差別、人種差別、etc…になってしまう。


特に白人層など今まで差別されることの少なかった方たちが、このようなことに特に気をつけなくてはならない社会傾向があり、言葉の揚げ足取りもあって多くの人がそれをとても窮屈に感じていることが指摘されています。本来なら差別される側の立場としては喜ばしいことではあるはずが、最近は一部の人のポリコレ意識が行き過ぎて、当事者から見れば特に問題の無いと思える文化表現であっても、本末転倒と思えるような過剰反応で指摘してくるポリコレ人も多く存在しています。


カーダシアン氏のネーミングに対する日本人からの批判やネガティブなリアクションに対する「じゃあ日本にある〇〇はいいのか?」といった水掛け論が多く投げかけられたのは、日本人に対してというよりは、他文化を扱うことに対して敏感な世の中に窮屈さを感じていた人たちのイライラや腹立ちも大きな原動力となったのではないかと感じます。


主張⑷ 炎上商法の可能性


人を怒らせることによって批判を招き、それを利用して話題性を広げること。この騒動に関して、キム・カーダシアン氏の対応をそのように表現した方もいました。


この主張を信じる人たちから見れば、この騒動は騒げば騒ぐほど無駄なことであり、最終的には彼女の商売を助ける一旦を担ってるという感覚だったと思います。


わたし個人的には、自分の嫌だなと思うことを主張したら、それが炎上商法へ加担する一旦を担っていると考えるのは、とても無力感を助長する悲しい考え方だと思ってしまいますが、そういう商売が成り立つのも今のSNS社会。この可能性を指摘する方の考えも一理あると思っています。事実、文化盗用を批判されたカーダシアン氏でしたが、それを撤回することによって、なぜか感謝されたり好感度が上がっているのは、炎上商法、錯覚の効果;まさに人の期待を下げて上げる技に成功しているのでは?との指摘があっても無理はありません。


違和感の根本

実はわたしはこの騒動に対して終始何とも言い難い『違和感』を感じていました。その『違和感』は多くのご意見を直接頂くことで日に日に増していった感覚であります。『着物』を巻き込みながらも様々な議論が同時進行している。そして何がオッケーで何がだめなのか、言い出したらきりがない、重箱の隅を突くような感覚が常にあって、自問自答をし続けました。


しかし最終的にこれを解決してくれたのは『文化の盗用 (cultural appropriation)』という考え方についての深い理解でした。


そもそも、文化盗用 (Cultural appropriation)の定義とは、ざっくり言うと、


”他文化のものや他文化の慣習をその文化の人たちに許可なく取ってしまうこと。(by Susan Scafidi, “Who owns culture?: Appropriation and authenticity in American Law.” 2005)


例えば、今回の件のようにカーダシアン氏がKimonoという名前をこの名前から連想される『着物』が持つ意味合いを込めたいがために全く着物とは関係の無い自身のブランドへ独占使用しようとしたのは、文化の盗用です。むしろ日本人にとって着物がどんな存在なのかを本当に理解しているなら、絶対にこんなことはしようと思わないはず、正直、傲慢と受け取られても仕方のない事だと言えます。


しかし、もし仮に彼女が着物店や着物専門家とコラボして自身の着物ブランドを(もちろんKimonoという名前ではなく)オリジナルのブランド名で出したとしたら、これは盗用には当たりません。むしろ日本の文化に寄り添おうとした親日家のアメリカ人が素敵な着物ブランドを作ってくれた、と喜んで受け入れた人は多かったことでしょう。


文化盗用(Cultural appropriation)についてSusan Scafidi氏は、文化の盗用には広い範囲があり、そこには被害を生むような乱用や不正使用もあれば、創造性に溢れる共同開発を可能にするような使用方法もあると話しています。


何を文化盗用の定義とするかは現在でも様々な議論はありますが、違いは、文化というものに一個人がどう関わっていくか、文化に対するその人の関わり方への姿勢が問われているような気がします


文化へ対する深い理解とその文化を愛する人への思いやりの姿勢

インターネットの発達によりグローバル化が急激に進みました。それに伴い今まで以上に物珍しいものや真似してみたいような他文化にも容易に触れられるようになりました。


しかし、どんな文化の背景にも必ずその文化や歴史を大切にしてきた誰かがいるということ。


その人たちにとって特別な意味を持つ文化に対し、自分はどう接するのが一番いいのか、世の中が今一度見つめ直す機会が与えられたのだと思います。それと同時に、自分の文化に対して嫌なことをされたら、それを正直にストレートに伝えることもとても重要だと思うし、今後もっと必要になってくることだと感じています。


SNSがあるからこそ影響力の強いカーダシアン氏が、SNSの力で決定を覆す事態に追い込まれたのは、なんとも皮肉な現象でありますが、それは、着物文化に誇りを持つ人達の情熱と、カーダシアン氏の表面的で軽率と思われても仕方のない他文化への姿勢に対する抗議が変えた変化でもあります。


SNSの流動性と影響力に戸惑いながらも、このような正解も不正解もない、ただ、議論する場が与えられたこと、そして小さな声が大きな力となって社会を動かす力量を与えられたことは、社会にとって異文化理解を深めるための大きな収穫であると思います。


以上になりますが、”KimOhNo”騒動に対するわたしの意見をまとめてみました。みなさんはどう思われましたか?長くなってしまいましたがお読みいただきありがとうございます。


クロスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWAのヤスでした。



参照記事(順不同):


文化盗用についての記事

https://www.vox.com/platform/amp/the-goods/2018/12/18/18146877/cultural-appropriation-awkwafina-bruno-mars-madonna-beyonce?__twitter_impression=true


日系アメリカ人の見解含む文化盗用関連記事

https://www.latimes.com/entertainment/la-et-kim-kardashian-west-kimono-appropriation-20190626-story.html


わたしのツイートが紹介されている記事

https://www.bbc.com/news/world-asia-48767678?intlink_from_url=https://www.bbc.com/news/topics/cx250ped1myt/kim-kardashian&link_location=live-reporting-story


https://www.keyt.com/lifestyle/entertainment/kim-kardashian-lingerie-line-sparks-japanese-anger/1090421205


”KimOhNo”騒動一部始終を説明した記事(日本語)

https://globe.asahi.com/article/12502594


キム・カーダシアン”KimOhNo”騒動勃発時を説明した記事

https://www.washingtonpost.com/world/2019/06/26/this-is-blasphemy-against-japanese-culture-kim-kardashians-new-kimono-shapewear-sparks-outrage-japan/?noredirect=on&utm_term=.9b201f1f28fc


その後、彼女が出した最初の声明に関する記事

https://ellegirl.jp/article/c_kim_kardashian_responds_to_shapewear_kimono_name_backlash_19_0628/


キム・カーダシアン”KimOhNo”騒動収束後の釈明記事

https://www.elle.com/culture/celebrities/a28319857/kim-kardashian-kimono-brand-backlash-interview/


キム・カーダシアン”KimOhNo”騒動収束後の釈明記事(日本語)

https://front-row.jp/_ct/17286215


キム・カーダシアン”KimOhNo”騒動を炎上商法とみる記事(日本語)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190703-00010004-friday-ent


京都市長の対応を紹介する記事(日本語)

https://www.huffingtonpost.jp/entry/kyoto-city-comments-on-kim-kardashian_jp_5d1aa4c0e4b07f6ca5825f6f


ポリコレに疲れた人が沢山いると説明する記事

https://www.nationalreview.com/2018/10/political-correctness-problem-according-to-80-percent-of-people/