みなさんは、『文化への謙虚さ(cultural humility)』という言葉を聞いたことがありますか?
この言葉は、グローバル化・多様化する社会で、様々なバックグラウンド出身の患者さんと接する機会の多い医療従事者たちが導き出した目の前の相手を本当にそのまま理解するための考え方。カリフォルニア州オークランドの医師メラニー・ターヴァロン氏と、ジャン・ミュレイ=ガルシア氏が自身の臨床経験を軸に1998年に発表した論文から普及していきました。
現在では、医療だけでなく心理カウンセリングや教育の現場にもこの考えが取り入れられるようになり、今後さまざまな文化背景の人が関わる機会が増えるにつれて、より多くの場面で必要となってくる考え方でしょう。
そこでこの記事では、『文化への謙虚さ』という視点が一体どのような考え方なのか、この考え方の哲学についてをご紹介したいと思います。
『文化への謙虚さ』とは何か
『文化への謙虚さ』は、下記のように説明されています。
“The ability to maintain an interpersonal stance that is other-oriented (or open to other) in relation to aspects of cultural identity that are most important to the [person]."
(その対話相手にとって一番重要な文化アイデンティティの側面を尊重しながら接することが出来るよう、自身を相手指向、もしくは相手に対して寛容さを持てるように対人関係を維持するための能力のこと。)
ターヴァロン氏とミュレイ=ガルシア氏によると、『文化への謙虚さ』は多角的な側面が含まれた学びのプロセスをモデルとしているものであり、大きく分けて3つのポイントがあるとしています。
⒈ Lifelong learning & Critical self-reflection: 一生涯学ぶこと。そして自身を批判的に見つめ自問自答し続けること。
私たち人間はとても複雑な存在、誰一人として同じ文化や経験、視点を持って今に至っている人はいない。そのため、目の前にいる相手の文化体験や経験をどうやったら自分の先入観無しに見つめられるだろうか。自分のどのような点が、相手をまっさらな状態で見られることを阻んでいるか、自分の持つ価値観や偏見を振り返ってみてはどうだろうか。
⒉ Recognize & Challenge power imbalances: 自身と対話相手の間にどのようなパワーバランス(力や立場の違い)があるのか、それを認識し常にそれが本当に正しいのか問い続けること。
医者と患者、治療者と相談者、教育者と生徒、母語を話す人と第二言語を使って話す人、経済力の差等、今この場にいる二人の人間の間にすでに力の差が存在する。この力の差が、相手を見る上で偏よった印象を作り出していないか、相互のパワーバランスが本当に平等なのか、考えてみてはどうだろうか。
⒊ Institutional accountability: 社会構造に責任をもつこと。
社会にどのような差別偏見不平等さがあるのか、相手の境遇を理解するには自分が持つ『特権(privilege)』も見直してみてはどうか。そして、『私たち=We』からみた相手の姿ではなく、『私=I』からみた相手の姿はどんな存在か、本当の相手の姿を見る努力をしてみてはどうだろうか。
『文化能力(cultural competence)』との違い
『文化への謙虚さ』が生まれた背景には『文化能力(cultural competence)』というコンセプトが存在します。
『文化能力(cultural competence)』は、相手との対話において、その一個人の文化背景が、どのように態度や感情、信念など精神面に影響を与えているのか、対話相手である自分が気づきの姿勢を持ちながら知識の吸収・異文化に対応出来るスキル=能力の取得を目的とする考え方であり、クロスカルチャー心理学者らを中心に提唱されてきました。
一方『文化への謙虚さ』は、文化に対する理解能力を得ることが目的というよりも、常に学びの姿勢を持ち続けようとする心持ちに焦点を当てており、自身が相手を理解するために、立場の差や社会的な抑圧等、様々なことを同じ社会に生きる人間として自省しながら相手を素のまま理解していこうと考える哲学的な側面があります。
そこには、対話相手一人一人がユニークな経験を持つ唯一無二の存在であり、文化や社会背景がその個人にどのような影響を与えた上で今目の前にいるのか、『自分は無知だけど、あなたのことを知りたい』と思う気持ちがあってこそ真の理解が成り立つとしています。
それ故の『謙虚さ』なのです。
自分の特権を理解することが社会を変える布石になる
『文化への謙虚さ』を提案するターヴァロン氏やミュレイ=ガルシア氏らは、このアプローチには、人種や民族、境遇により偏見や不平等、不公平を受けている人がいる社会へ向けて、抗議の意味も含むと話しています。
平等でない世の中だからこそ、自身の与えられた特権に気づくことが必要。そして、それを変えていくためにも本当の意味で目の前にいる相手を理解し、相手に社会的抑圧や障害となるものがあるのならば、その人たちの声を掬っていくこと。それが特権をもつ人に与えられた使命であり、社会を変えていくきっかけになるとも話しています。
多角的な側面を含むこの相互理解へのアプローチ、みなさんはどう感じたでしょうか。
長くなりましたが、お読みいただきありがとうございました。
クロスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWAのヤスでした。
参照文献:
上記ビデオのリンク先→https://youtu.be/SaSHLbS1V4w
Cultural Humility | Juliana Mosley, Ph.D. | TEDxWestChester
Reflections on Cultural Humility (Article)
Sue, D. W., & Sue, D. (2013). Counseling the culturally diverse: theory and practice. (6th ed). John Wiley & Son, Inc. Hoboken; NJ.
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