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  • 執筆者の写真ヤス@BUNKAIWA

セルフケアが難しい!!「自分のために」がなかなか出来ない苦しい呪縛を解いていくには



『セルフケア』という言葉、メンタルヘルスへの理解が広まる中で、目にする機会が増えた方も多いのではないでしょうか?

わたしも、このブログでも、仕事上でも、セルフケアの大切さについてを広めている一人なのですが、とても大切なことを忘れていたように思います。

それは、『セルフケア』は、実践するのがとても難しいということ!!

セルフケアを実践することの難しさを説明することなくセルフケアを謳っても、それはもしかしたらセルフケアが思うように出来ない人をさらに苦しめることになるのではないか。

そこで、この記事では、わたし自身の経験を振り返りながら、なぜセルフケアが難しいのか、そのハードルを分析しながらセルフケアを実践するためのヒントを提案してみたいと思います。


セルフケアって何?

セルフケアは、文字通り、自分(セルフ)のためのケアを自らがすること。

例えば、身体が疲れた時に、筋肉の緊張や痛みをほぐすためにお風呂に浸かったりマッサージを受けたりするのと同じで、何かしら症状を緩和するようなケアを自身の内面にもしようじゃないか、という自分を労わるための行為がセルフケアに当たります。

気分が落ち込んでいたら、元気が出るような映画やドラマを見たり、気分がソワソワしている時には、ゆったりとした音楽を聴きながら横になったり。

他にも、家族と楽しい時間を過ごしたり、美味しいものを食べに行くことや、大勢でワイワイカラオケでパーっと過ごしたり、旅行に行くことも、好きなことに没頭することなど、いわゆる気分転換になりそうなことは、全てセルフケアに含まれます。


セリフケアは難しい

セルフケアを日常的に取り入れることで、心身共に疲れが癒え、人間関係や仕事への活力も上がります。しかしながら実際に、セルフケアに当てはまるこれらの活動、日常にどれほど取り入れていますか?

そうなんです。頭で考えると、「セルフケアってやって当前じゃないの」と思うものの、実際にそれをやっているか、と言われると、なかなか出来ていないことの方が多いのではないでしょうか?

セルフケアは難しいのです。そしてそのハードルは、実は自身のマインドセットにあるかもしれません。特に、日本を含む東アジア圏の文化出身者からよく聞くのは、セルフケアに対する抵抗感、罪悪感の気持ちです。


セルフケアのハードル:罪悪感との戦い

勤勉さや仕事に対する貢献的な態度が高く評価される社会を生きるわたしたちは、小さな頃から、それを実践する大人たちを見て育ちました。

わたしの父も、超がつくほどの仕事人間。休日も仕事に行くのが当たり前で、それを褒め称える祖母、献身的に支える母、と、家族がその勤勉さを支持するような環境で育ちました。そういう彼女たちも、休みなくいつも働いていました。

でもそれは、わたしだけではなく、多くの家庭や教育現場でも同じだったように感じます。

この環境を当たり前として過ごしていると、家族との時間を犠牲にしてまでも忙しくしていることの方がまるで良いことのように感じてくる、そのような価値観をわたし自身も内在させながら生きてきたように思います。そして、その対局にあるような、自分の好きなことをすることが悪いことのように感じてしまう感覚も…。


この価値観が頭に深くインプットされてしまうと、休息を取ったり、自分の好きなことをすることが、まるで悪いことのように感じてしまう…。いちいちなぜそれをする必要があるのか、正当な理由が必要になってくるような気がするんですよね。


「自分がそうしたいからするんだ」と思ったことに対して、「それをする理由はなんなのか」をわざわざ探そうとしてしまう。論破出来ないとただの怠けの言い訳になってしまう気がしてしまって諦めてしまったり。このような感覚がどこかであるせいで、セルフケアになかなか辿り着けない。セルフケアの活動に漕ぎつけたとしても、いまいちソワソワ、楽しめていない感覚のまま終わってしまう、なんてことも。セルフケアを実践しているロールモデルがいなかったから、なかなか自分がしていることを肯定しにくいのです。


「セルフケアを大切に」というコメントを受けた瞬間は、このような考えがなかなか巡ることはないでしょう。しかし、実際に自身がセルフケアをしてみようというタイミングになって、この内在した価値観からくるハードルに直面する人は、実は少なくはありません。


自分に許可をあげることの大切さ

自分に内在する価値観から自身のしたいこと・必要なことを阻んでしまう。それを打開するために必要なのは、自分自身が自身の理解者になり、指導者となることです。


"Give yourself permission."

(自分自身に許可をあげて)


この言葉は、自身の体験すること、経験することをそのまま受け入れて、それに合わせて自身がどういう選択をしていけばいいか、自分が自分にとって必要なことを自分の感覚主導で選んでも良いんだよ、と。そんなニュアンスも含むとてもエンパワリングな言葉でもあります。


他人と全く同じことをしていたとしても、自分にとっては人一倍疲れることだってあるし、辛いことだってある。そんな時に、自分の気持ちに素直になって、それを癒すための活動を取り入れる。そこに言い訳や正当な理由は必要ありません。ただ、自分自身が、それをしても良いと許可をあげること、その一押しが必要なのです。


わたしたちは世代間トラウマを生きている

戦後の復興や高度経済成長期を通ってきた企業戦士や、過酷な異国を勤勉さで生き抜いてきた東アジア移民者の子供達たちなど、東アジア文化圏で育った人には、セルフケアを実践することが特に難しいと感じている人は多いです。


先人たちの教えが悪かったというのではなく、時代や環境により、そういう生き方が良しとされてきた、もしくはそうせざるを得なかった背景があるということ。


しかしながら、その考え方が果たして自身も遂行し続ける必要のあることなのか。ここに疑いの目を向けることは大切です。


わたし自身、ワーカホリックの父親を見て育ったため、セルフケアがとても苦手で、正直な話、今でも、自分のためにセルフケアに時間を割くことや休みを取ることに罪悪感を覚えることは少なくはありません。

しかし、そんな父を見てきた故に自身がセルフケアに苦しんでいる様子、これを家族や後世に伝えていきたいだろうか。自分のケアそっちのけのわたしの様子を家族はどう思っているのだろうか。そう考えると、自分が仕事への向き合い方や今までよかれと思ってきた価値観を変えていく分岐点にいるのではないだろうか、そういう思いを持つのです。


今、大人になって父と話すと、父自身も、それが良かれと思って当時は過ごしていたそうでした。ただ、そこで失った家族との時間であったり本当は持てていたかもしれない思い出や体験であったりは、彼の中で大きな後悔になっているようです。

この世代間トラウマは、罪悪感という形でわたしたちを縛っているのかもしれません。しかしその鎖を思い切って切っていくこと、セルフケアの実践の難しさには、この視点も欠かせないのではないかと感じています。これを踏まえて、自分は自身にどのような許可を与えてあげれるのか。

この記事では、セルフケアが難しい理由を世代間トラウマに遡って話してみました。これを読んだ皆さんが、セルフケアとの向き合い方を考えるきっかけが作れたら嬉しいです。


BUNKAIWA

 

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