先日、ロサンゼルスにあるIMPACTという団体が開催しているセルフ・ディフェンス(自己防衛)のワークショップに行ってきました。
不審者に近寄られた時の対処法や実際に襲われた際の撃退法など、レクチャーと実演を織り交ぜて、様々な場面を想定した自己防衛方法を学びました。
ワークショップで学んだ実際の身体的撃退方法を説明する事は難しいですが、この記事では、セルフディフェンスに対する精神的な準備や心構えについてを紹介してみたいと思います。
注意:過去に辛い体験を経験され現在も苦しんでいる方には、この記事は不適切かもしれません。ご自身の気持ちや体の状態を確認の上、読み進めてください。
身に危険が及ぶと何が起きるのか?フリーズレスポンスの仕組み
自分の身に危険が及んだ時、即座に適切な対応が出来る人はどれくらいいるでしょうか。
セルフ・ディフェンスワークショップで最初に言われた言葉。それは「フリーズレスポンスを知っているか?」ということ。
フリーズレスポンスとは、危険を察知した時に身体が思わず動けなくなってしまう、文字通り体が硬直して凍りついてしまうような反応のこと。
よく、野生の小動物が外敵に狙われた時に固まってしまうような状況をドキュメンタリー等で目にしたことがある方もいるかもしれません。これと同じ機能が人間にも備わっているのです。
この状態に陥った人間が経験するのは、パニックで頭が真っ白な状態。
セルフ・ディフェンスのクラスでは、いきなり襲われパニックに陥った時にとっさに行動に移せるようになるために、どのような対処をすればいいのかを体に刻み込む訓練をします。それはつまり、たとえ頭では状況処理が出来ない状態であったとしても、条件反射のように体が瞬時に動けるように撃退方法を体で覚えること(=procedure memory)を身につけることから始まります。
そのため、実際に何度も繰り返し、不審者を演じる指導員を相手に実演で撃退方法の動きを体感・感触として掴む練習を行います。
セルフ・ディフェンスを実行するにおいて重要な3つのポイント:『直感』『注意』『文脈』
身体的に襲われた場合には上記の撃退法が必須ですが、自然を装って自分に近づいてくる見知らぬ人が危険人物である場合もあります。そのため、セルフ・ディフェンスには、精神的心構えも重要な要素となります。この3つの心構えを意識してください。
⒈直感
何よりもまず、自分の直感を信じること。
直感とは、過去の様々な経験や体験、知識を通じ、何が危なくて何が大丈夫なのかを無意識の内に察知することが出来る動物に備わった能力のこと。
どんな経験やノウハウがあったとしても、危険を察知する上で、自身が持つ直感に勝るものはないそうです。ワークショップでも、耳がタコになるくらい繰り返し強調されました。
動物はこの直感を信じ行動をしますが、人間には、この直感力を邪魔する『思考』が存在しています。
多くの犯罪被害者の心理を調査した研究によると、人間は、直感で「危険だ」と感じることがあったとしても、「まさかそんなはずはない」と理由を作って納得させたり、「大袈裟に事を荒立ててはいけない」といった意識が働いてしまったりして、危険を感じていてもそれを見なかったことにしようと否定し自らを説得させてしまう傾向が見られたそうです。
そのため、直感を信じること。それがとても大切であり、周りが何と言おうとも決して無視してはいけません。
⒉ 注意
人間の注意力は、その日の状態によっても、時間帯によっても、上下に変化するそうです。そのため、危険がありそうな場所では、状況を常に意識し注意する事が大切です。
また、人間の聴力は、視力や体感よりも一番最初に危険を察知することの出来る情報収集器官になります。
イヤホンをつけながら歩く事は、自分の危険察知能力に目隠しをしているようなものです。そのため夜道の一人歩きなどでは、イヤホンは片耳のみ装着したり音を小さくしたりして、周囲の状況を把握出来るようにしておくことが大切だそうです。
⒊ 文脈
自分に近寄ってくる人がいた場合、その人の存在や行動がどのような理由の元、自分に近づいてくるのか考えてみましょう。
例えば、人気のないスーパーの駐車場で近づいてきた人が「子供が迷子で見つからない!携帯電話貸して」とやってきた場合。
本当に子供が迷子なら「子供を見なかったか?」ぐらいは聞いたとしても、スーパーの店内に真っ先に助けを求めに行く方が自然です。そこで「携帯を貸して欲しい」とか「一緒に違う場所までついてきて欲しい」など言われたら、なぜそれが必要なのか、吟味する事が大切です。(「携帯を貸して欲しい」と言われた場合は、自らが警察に電話することを提案し、携帯を手放さないようにしましょう。)
目の前にいる見知らぬ人が、どういう理由で自分に話しかけてくるのか。そして、それは理に適ったことなのかどうか。文脈から、その人の隠された本当の目的が見えてくることもあるのです。
危険を危険と思うまでの距離:バウンダリーについて
それでは、不審な人物が接近してきたとして、その人が自分に危害を与える危険人物だと認識するまでに基準となるものはあるのかどうか。
実は、それは自分にしか判らないことなのです。
バウンダリーと呼ばれる自分と相手の間にある境界線。自分にとって相手がどの距離感だったら大丈夫で、どれ以上近くにくると居心地が悪いのか、その許容範囲を決める境界線を指します。
例えば、自分の親しい友人が近寄って抱きついてきても全く気にならなくても、全く見ず知らずの人が体が触れる位置まで近づいてきたら、とても嫌ですよね。
この許容範囲は人により大分異なります。そのため、本当は危険を感じていても「これ程度で反応してはいけない」と自分で自分を納得させてしまう傾向を多くの人は持ってしまうそうです。その結果、逃げるタイミングを逃してしまう。また、「これ程度で何を大袈裟なことを」と周囲が言う目を気にしてしまい、泣き寝入りをしてしまう場合もとても多いそうです。
バウンダリーを害する人かどうかを確実に理解する方法:アサーティブネス(自己主張)の大切さ
セルフ・ディフェンスワークショップでは、見ず知らずの人が、自分のバウンダリーを踏み越える人かどうかを見極めるための手段を教わります。一部の例がこちら:
不審な人が話しかけながら近寄ってきた場合、「NO」の意思表示をすること。ナンパだった場合、一度断ると「自意識過剰」など嫌な言葉を掛けらるかもしれませんが、ひたすら無視、そして拒絶、相手の会話に関わらないと心掛けること。仏心はいりません。
不審な人に「助けて欲しい」と近寄られた場合は、自分には助けられない事を明言、そして、近くの店に助けを求めるように提案し、その人の意識を自分から遠ざける。本当に何かしらの理由で身動きが取れず助けを求めている人だった場合は、その人の代わりに警察を呼んだり、店に声を掛けにいくなど自己判断でしてください。
3回断っても無視して話しかけたり近づいてくる場合には、「この人は知らない人です、3回断ってもまだ話しかけてきます」と周囲にわかるように大声で発言する。『知らない人』というキーワードを使うと、自分が困っている理由が家族やカップルの痴話喧嘩ではないことが分かるので、周囲の人が介入し助けやすくなる効果があるようです。
「目が合った」などを理由に怒りながら絡んでくる人には、ひたすら謝り倒して場をやり過ごす。それ以上は関わらない。逃げる。
もしこれらのやり取りにおいて自分の意思表示をはっきり明示した上で、更に近寄ってきたり絡んでくる場合には、身体的撃退方法をする体勢を準備しておきましょう。
バウンダリーは、他人や世間の思う常識を頼りにするのではなく、自身が危険を感じた瞬間を基準にするべきであるとされており、例えばカリフォルニア州では、極端な話、もし不審者に撃退攻撃をした結果不審者が怪我をしたとしても、攻撃を加えた被害者は罪に問われることはないそうです。基準は「危害が加えられると思うような恐怖を感じたかどうか」ということ。なので、自分基準で危険を意識し、それに対処する事が大切です。
おわりに
わたしが参加したセルフ・ディフェンスワークショップは、一番最初のイントロクラスで3時間のものだったのですが、それでも、終わった後には、何か力強いパワーをもらえたような、自信が身に付くような感覚を覚えました。
もちろん、世の中には避けられない危険はたくさんあります。しかし、中には自分で予測をし回避する事が出来る可能性のあるものも存在します。
痴漢や性犯罪の認識が比較的緩い日本社会で育ったわたしは、嫌だなあと思うことに遭遇しても「これ程度のことで『嫌だ』という意思表示をしても大丈夫なのだろうか」と思ってしまう事が多かったのです。しかし、相手がなんと言おうと全ては自分基準でいいのだということ、そして、それを理由に自分を守るための行動を取っても大丈夫なんだ、と意識が変わった点はとても大きく、エンパワリングでもありました。
子供達をはじめ男女問わず大人も、多くの人がセルフ・ディフェンスのクラスから学び得るものはとても多いように思います。皆さんも、是非機会がありましたら、お住まいの地域にあるセルフ・ディフェンスのクラスを一度受けてみることをお勧めします。
クルスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWAのヤスでした。
参照:
南カリフォルニアをはじめ全米各地にある、セルフ・ディフェンスの主宰や暴力を断ち切り被害者を守るための提唱活動を行なっている団体。男性、女性、子供など対象者別に様々なクラスがあるそうです。
暴力を知らせる直感の力
ギャヴィン・ディー・ベッカー著
暴力予測・危機管理のスペシャリストである著者が、人間の暴力とその仕組みを心理学の視点を交え解説、そして危険からどう身を守ればいいのか、様々な事例を交えて具体的に紹介している本です。オプラ・ウィンフリーが、「全ての女性達が読むべき本」と太鼓判を押すぐらい素晴らしい本です。実は著者は、IMPACTのアドバイザーでもあるんですよ。本当にお勧めです!!
De Becker. G. (2000). The gift of fear: survival signals that protect us from violence. Audiobook. Audible. (英語版)
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