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  • 執筆者の写真ヤス@BUNKAIWA

異文化で生活することになった移民が経験する『文化変容』という心の変化とそのメカニズム



慣れ親しんだ文化を離れ、新しい環境に移り住んだ人だれもが経験すること。それは文化変容という、新しい環境に馴染むために心とマインドが変化する過程。


この『文化変容』、どのような変化が起こるのか、人により個人差がとても大きいのが特徴です。


しかし昨今の移民心理の研究から、異文化で生活をすることになった移民がどのような変化の過程を辿るのか、大まかな流れが分かってきました。


そこでこの記事では、文化を跨ぐということがどういうことなのか、実際にどのような変化が移住者の心に起こるのか、移民の文化変容の流れを心理学視点から分かりやすく紹介してみようと思います。


*この記事で紹介する『移民』とは、自国・慣れ親しんだ文化を離れ、新たな環境で生活をすることになった者(主にマイノリティとしての異国や異文化出身者)をまとめて指しています。


新しい文化に触れたときに起きる心の変化

文化変容を経験する者(元いた場所から異なる環境・文化へ移住することになった移民)は、この3つの過程を辿ります。


  1. 接触 (contact):今まで知らなかった新たな文化に触れる。知る。

  2. 衝突 (conflict):新たな文化へ接触した時に起こる変化への抵抗を経験する。

  3. 適応 (adaptation):方法はともあれ文化間の衝突が緩和された状態になる。


新しい文化へ大きな衝突なく馴染んでいく者もいれば、新しい文化に適応することを強く反発する者、もしくは、文化変容を避けるために自国に戻る選択をする者も存在し、移民が経験する心の葛藤や新しい文化に触れた時の反応には大きな個人差があります。そのため移民の辿る文化変容は一様ではありません。


一方通行ではない文化変容:アカルチュレーションとエンカルチュレーションの考え方

文化心理学の研究者達は長いこと、移民が出身文化から新しい文化(移住先文化)へ移行する際の変容は、出身文化の価値観が新しい文化価値観に取って変わる一方通行で起きるものだと考えてきました。


そしてその過程を『文化が無くなる』という意味を込め、アカルチュレーション(acculturation) と呼んできました。


しかし最近の研究によって、移民のたどる文化変容は、2つの文化間を行ったり来たりの相互作用式に起きることだと知られてきました。


それは、自身の出身先の文化価値観を持ったまま、新たな文化価値観が加わるという考え方。この考え方が『文化を含む』という意味のエンカルチュレーション(enculturation)です。


文化変容の4つのレベル

エンカルチュレーションという概念によって、移民がどのように自身の出身文化と新しく移住する先の文化の両方を取り入れていくのか、深く研究されるようになりました。


では実際にどのようにして移民の出身文化価値観と移住先の文化価値観が交わっていくのでしょうか。


移民心理研究の第一人者ベリー博士によると、移民の文化変容のレベル(状態)には、移民自身の出身文化への関わり方と移住先の文化への関わり方の度合いにより違いがあると認めており、またそれは移住先である主流社会の、異文化出身者(移民)を受け入れる姿勢によっても変わってくるとしています。


ベリー博士によると、移民の文化変容のレベルは大きく分けて以下の4つになるとしています。



異文化変容の4つのレベル

  • 統合 (Integration):出身文化の文化価値観や文化アイデンティティを保持しながらも、移住先の文化への適応も受け入れていく状態。

  • 同化 (Assimilation):出身文化の価値観を離れ、移住先の文化との関係を強く感じる、または近づけようと適応していく状態。

  • 分離 (Separation, rejection):出身文化との繋がりは強いものの、移住先の文化との関係は遠い状態。

  • 疎外 (Marginality, deculturation) :出身文化と移住先の文化それぞれに対して疎外感を感じている状態。


移住先の主流社会が移民に求める文化適応を基準に考えると、例えば、移民が早く社会に溶け込めるよう移民の文化適応を強く望む社会だった場合、移民は新しい文化に好意的・意欲的になり『同化』または『統合』ステージに身を置かれる可能性が強いでしょう。そして、移住先社会が異文化に寛容だった場合は、移民の出身文化を尊重し、移民に両者の文化を保持することが出来るような社会作りがされているため『統合』ステージに進んでいける移民が多いそうです。


反対に、移住先が移民に対して差別化を計ったり共有を望まない社会の場合、『疎外』や『分離』ステージに移民を追い込むことになります。それを強要された移民は社会から省かれた疎外感を感じたり、アイデンティティの欠乏、また文化変容のストレスに強く苦しむ傾向が確認されています。


これは個人レベルでも起きることであり、移民生活が長い人でも移住先の文化を受け入れず極力自分の文化出身者とのみ関わって生活をすることを好む『分離』ステージを続ける人もいれば、移住して数年で両文化共うまく取り入れた『統合』ステージに自身を適応することができる人もいます。


また、例えば集団主義傾向の強い東アジアから個人主義の欧米文化に移った場合など、出身文化と新しく移住する先の文化の違いが大きければ大きいほど衝突も大きくなり適応への時間も掛かることが分かっています。


難民の場合はもっと複雑に

自ら望んで移民となることを決意された方は、ある程度移住先の国や文化がどのようなものか、あらかじめ知ることが出来たり、自国へ戻ったり自分の文化のものを得られる機会もあるでしょう。


しかし、難民として移住を余儀なくされた移民には、自国との接触が限られる等制限があるため出身文化への接触をも閉ざされる傾向が強く、受け入れ社会があまり移民に寛容で無かった場合は特に両文化から離された『疎外』ステージに追い込まれ、文化適応や自身の文化アイデンティティの喪失に苦しむ可能性が指摘されます。また、移住の過程で大きな心の傷を負っている方も多いのが特徴です。


そのため、各移民にとってどのような文化変容プロセスが起こっているのか、一括りに移民の心理的葛藤や苦痛をまとめて話せないことが、文化変容やそこから派生する異文化変容ストレスへの対応を難しくさせている一因になっています。


『統合』ステージ=バイカルチャリズム (Biculturalism)

ちなみに個人差はありますが、移民が一番精神的に満足度が高い状態なのは、自身の出身文化と新しい移住先文化を両方保持できている状態、つまり『統合』ステージにある場合であるとされています。特に、アジア圏から欧米への移住者など2文化の文化価値観が大きく異なる場合は、両文化の価値観を所持している方が精神的満足度が高いということが研究から分かっています。


両文化能力 (bicultural competence)を持つ方は、両文化の人や社会に対してコミュニケーションを効果的にすることが出来、高い認知能力があるとされています。


しかし、移住先である主流文化へより傾倒している方が精神状態が良い移民もいれば、自国・自文化をより重視する方が精神状態が良い移民もいるため、両文化を取り入れる割合は個人や個人の住む環境や状況により大きく異なり、バランスは人さまざまです。


そのため自身の文化価値観を思い出せるような機会を定期的に作ったり、移住先の新しい文化やコミュニティに触れる機会を設けたりする等、意識的に両者を取り入れながら、移民個人が居心地の良い生き方を探っていくことが幸福度に繋がるため強く求められています。


さいごに

移住における精神的葛藤は様々な外的・内的要因が複雑に関わりあっているため、一人一人具体的に抱えている問題は異なります。そのため自身の抱えている問題を他人との比較から感じ取ることがとても難しく、移民本人が自身の問題の深刻さを理解しにくかったり、助けを求めにくかったりする状況が作られています。


そもそも、新しい文化に来てすぐの場合は、どのようなサービスやサポートを受けられるのか、情報が足りないこともとても多いです。


この記事では、具体的にどのように移民が文化変容プロセスを辿っていくのかをかなり客観的に説明しました。普段の記事に比べると、堅苦しくなってしまいましたが、異文化変容を経験している当事者の方や移民の方と関わりのある人にとって、文化変容の仕組みがどのようになっているのかより一層理解を深めるのにお役に立てたら幸いです。


長くなりましたが、お読みいただきありがとうございました。



クロスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWAのヤスでした。

 

関連記事:


参照文献:


Berry, J.W. (1986). The Acculturation Process and Refugee Behavior. Hemisphere Publishing Co: Washington DC.


Berry, J.W., Kim, U., Minde, T.,& Mok, D. (1987). Comparative Studies of Acculturative Stress. International Migration Review. Vol.21, No.3, Special Issue: Migraion and Health (Autumn, 1987). Pp.491-511


Bhugra, D.,& Grupta, S. (2010). Migration and Mental Health. Cambridge University Press: Cambridge, GBR.


Kim, B.K.,& Omizo, M.M. (2005). Asian and European American Cultural Values Collective Self-Esteem, Acculturative Stress, Cognitive Flexibility, and General Self-Efficacy Among Asian American College Students. Journal of Counseling Pscyhology, 52(3), 412-419. doi:10.1037/0022-0167.52.3.412


Kim, B.K.,& Omizo, M.M. (2006). Behavioral acculturation and enculturation and psychological functioning among Asian American college students. Cultural Diversity and Ethnic Minority Psychology, 12(2), 245-258.doi:10.1037/1099-9809.12.2.245

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