海外での出産。
新しい家族が増えることへのワクワク感と同時に、育ってきた環境とは違う場所での未知の体験、そしてこれから始まろうとする長い子育てに対して、様々な感情を一身に背負っている方もいるかもしれません。
わたしの以前勤めていたクリニックでは、小さな子供やお母さんたちのメンタルヘルスケアを専門にしていたのもあり、産後うつでお悩みのお母さんたちのカウンセリングを担当する機会も多くありました。クライアントの中には他国から移住してきた方もおり、移住者が抱える特有のストレス『異文化変容ストレス』が産後うつに影響を与えている点も随所に垣間見ました。
この記事では、産後うつについての一般情報と、文化変容ストレスによる産後うつのリスク、移民ママが知っておきたい4つのポイントについてを詳しく紹介しようと思います。
注意:この記事は海外移住者に産後うつが多いと説明するものではなく、産後うつに対するより深い見解を広める目的で書いています。ぜひ、移民ママさんはパートナーの方と一緒に読んでみてください。
産後うつ (postpartum depression/PPD) とは
産後うつとは、母親が出産後に経験する気分障害のことを指します。産後うつを経験している母親は、日常生活や子育てに影響があるほどの極度の悲しみや不安、疲労感を抱えてしまうことが知られています。
産後うつの原因は、何かある特定のことが理由でなるのではなく、感情面と身体面の両方の要因が組み合わさってなってしまう場合が多く、それは、母親が何かした/しなかったか等は全く関係が無いそうです。
出産後の母親の身体は、ホルモン(エストロゲン・プロゲステロン)が急激に下がることが知られています。それが脳内に変化を与え、気分障害が起きやすくなることが指摘されています。加えて、多くの母親は出産後の疲れを完全に回復するのに必要な休息期間を得ることなく子育てを開始することになり、不眠や身体に不調を抱えてしまうことで産後うつの大きな特徴である極度の疲労感を経験してしまいます。
以下が産後うつの特徴です:
悲しみ、絶望感、虚無感、感情に圧倒される感覚
理由も無いのに通常よりも頻繁に泣いてしまう
過剰に不安や心配を抱えてしまう
焦燥感やイライラ
睡眠過多、または子供が寝付いている時でも眠れない
集中力欠如や物事を決められない
怒りを感じる
普段楽しんでいた活動を楽しめない
頭痛や腹痛、筋肉痛など身体に不調がある
過食・少食
家族や友人との交流を避けてしまう
自分の子供との愛着を築くことが難しい
自分の子育て能力を異常に疑ってしまう
自分または子供を傷つけたくなってしまう
ベイビーブルーとの違い:
母親の多くが子供を産んだ直後に経験するとされる『ベイビーブルー』は、新生児の世話に追われた誰もが経験する気分の憂鬱感であり、通常は1週間から2週間ほどで過ぎ去ると言われています。
産後うつは、ベイビーブルーとは違い、極度の気分障害から日常生活や子育てに大きな影響を出してしまう場合に当てはまります。もし後者に当てはまったら、すぐに掛かりつけの産科医や心理の専門家に相談してください。
産後うつになりやすいリスク要因
母親の年齢や人種、出身文化、所得に関わらず、産後うつは誰にでもなりうる気分障害です。しかし、その中でも、産後うつになるリスクが高くなる可能性があるとされる要因があり、その例がこちらです:
母親が過去にうつ病の診断歴がある
家族にうつ病の方がいる
妊娠期間中や出産後すぐに精神的負担が大きな人生イベントに見舞われる(家族の死、失業、パートナーからの暴力など)
出産に困難が伴い特別な医療介入が必要であった場合(子供に医療介入が必要になった、早産で生まれた等)
妊娠や出産に対して様々な感情が混在していた場合
薬物依存の問題を抱えている
身の回りのサポートシステムが少ない
パートナーや家族からの強い精神的サポートが得られない場合
異文化変容ストレスと産後うつの関係
移民女性を対象にした研究によると、異文化変容ストレスと産後うつに相関関係があることが知られています。
中東からの移民を対象にしたある実験では、文化変容のステージが、出身・移住先の両方の文化から離れて生活している『疎外』ステージにいる移民女性の場合、他の文化変容ステージにいる移民女性よりも、産後うつになる確率が高くなるそう。
異文化への適応に関わる様々なストレスが、産後の心身共に疲れて弱くなっている時に打撃になってネガティブに影響を与えてしまうことはもちろん、この『疎外』の文化変容ステージにいる方に共通しているのは、身の回りのサポートシステムや家族からの精神的サポートが圧倒的に少ないことが大きな要因になっていると言えるでしょう。
移民ママが知っておきたい4つのこと
産後うつは誰にでもなりうることであり、心理学と薬学のアプローチ両方から産後うつに特化した治療法も存在しています。ここでは、出産前後の不安を抱えている移民ママに向けて、知っておいてほしい4つのポイントを紹介したいと思います。
⒈ 産後うつは誰にでも起こりうる!絶対に自分を責めないこと。
上記で紹介したように、産後うつになりやすい要因というものは存在していますが、産後うつは、出産体験による物理的に体に起こる変化がきっかけの場合が多いのです。人によっては、我が子を可愛いと思えない時もあるでしょう。しかし、そう思ってしまうことを誰かに責められる言われは全くないのです。とにかく、自身に罪悪感を抱かないように。これが一番の基本です。そして、すぐに専門機関に相談する等の対策をとりましょう。
⒉ 頼れるコミュニティやサービス機関は最大活用する。
出産前後の不安な時期は、自分と同じような境遇のお母さん達やサポートをしてくれる人を頼りに、コミュニティを広げておくことがとても大切です。言語が不安な場合には、母国語で出産に関する様々なことを相談出来る機関を見つけておくといいかもしれません。誰も頼れる人がいない場合は母国の家族を呼び寄せたり、パートナーや現地に住んでいる親しい知人と密にコミュニケーションをとっておくことも必要になるかもしれません。
そもそも人間は本来、集落を形成して生活していました。現代のように、母親(個人)に大部分の責任がかかるのでは無く、集落の人が集まって一緒に子供を育てていたのです。そのため、誰にも迷惑をかけず一人(カップル二人)で子育ての責任全部を担おうとする考えは捨てましょう。
⒊ 文化の違いを理解しパートナーとしっかり話し合っておく。
自分の出身文化の価値観や習慣が、産後うつの予防対策になる場合も、逆にストレスや足枷として機能してしまう場合もあるそうです。自分がどのような出産をしたいのか、そしてどのような子育てをしたいのか。自分の考える価値観と出産先の現地の文化について、医療システムや受けられる産後のサービスも含め、出産前に調べておいたり、パートナーがいる方は互いの意見を出し合ったりして、二人の意見をまとめておく機会を設けることが重要です。
例えば、出産期間の助っ人として自分の家族や友人を母国から呼ぶ場合や、パートナーの家族に頼る場合も、どのようなサポートを求めているのか、明確に二人で決めて事前に説明しておくこともストレスやトラブル軽減につながります。
事前に話し合いが出来た場合、仮に、自分の理想通りに事が運ばなかったとしても、パートナーや周囲がそれに近づけたサポートをしてくれる可能性も高くなりますし、意思の疎通がスムーズに進むことから不安も大きく解消されるはずです。
⒋ 産後うつの症状に当てはまっていると感じたら、産婦人科や小児科など、かかりつけ医に相談する。
「自分の症状が産後うつに当てはまっているかもしれない。何かおかしい!」
もしくは、「なぜかは全くわからないけれど、しんどすぎてつらい!!」
そう感じたら、産後うつを扱う心理カウンセラーを紹介してもらったり、薬を処方してもらったり、すぐに対処してもらいましょう。一人で対処しようと抱え込んでしまうことは厳禁です。
おわりに
この記事では、産後うつにまつわる内容を他国に住むことになった移民の辿る異文化変容の視点を交えて紹介しました。
産後うつは、世間の認識は広まりつつあるものの、まだまだその存在がはっきり明確に知られていないところがあるように思います。そのため、産後うつの概念が希薄な世代の方や、出産経験がとてもポジティブだった人、またはパートナーによっては、産後うつに関して理解が非常に足りない人も多くいるように見受けられます。
産後うつは、誰にでも起こりうること。そして、出産後に必要不可欠な社会的サポートが移民の場合、如実に欠けている場合があることをもっと世間の一般認識として知って欲しいと感じます。
この記事が、産後うつの疑いを抱え悩んでいる方や出産前後の不安な思いをしている移民ママのお役に立てる部分があったら幸いです。
クロスカルチャーコンサルタント・BUNKAIWAのヤスでした。
関連記事:
参照:
Alhasanat D, Fry-McComish J. (2015). Postpartum Depression Among Immigrant and Arabic Women: Literature Review.J Immigr Minor Health. 2015 Dec; 17(6):1882-94.
Alhasanat-Khaliil. D., Fry-McComish. J., Dayton. C., Benkert. R., Yarandi. H., & Giurgescu C. (2018). Acculturative stress and lack of social support predict postpartum depression among U.S. immigrant women of Arabic descent.Arch Psychiatr Nurs. 2018 Aug; 32(4):530-535. Epub 2018 Feb 14.
Fung. K., Dennis. CL. (2010). Postpartum depression among immigrant women. Curr Opin Psychiatry. 2010 Jul;23(4):342-8. doi: 10.1097/YCO.0b013e32833ad721.
National Institute of Mental Health. Postpartum depression facts. https://www.nimh.nih.gov/health/publications/postpartum-depression-facts/index.shtml
宋美玄「産後クライシス」と「産後うつ」はどう違う?日経DUAL. https://dual.nikkei.com/atcl/column/17/101200003/041800091/?P=3
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